この病気について

小児脳幹部グリオーマとびまん性内在性橋グリオーマ(膠腫)
という病気と近年の治療研究状況


小児脳幹部グリオーマの概要


「脳幹部グリオーマ」とは?
脳を構成する細胞は、大きく2種類があります。神経活動を起こす神経細胞と、その神経細胞の周りに存在して神経細胞の働きを助ける神経膠(しんけいこう)細胞があります。英語で膠(こう)細胞はグリア細胞と呼ばれています。「オーマ」は腫瘍という意味です。
すなわち「脳幹部グリオーマ」=「脳幹部神経膠腫」とは脳の中枢である脳幹部分の神経膠細胞に発生した腫瘍のことです。

◉しかし、同じ「脳幹部グリオーマ」といっても、それは「総称」であり、正確な診断名とはいえません。脳幹部に発生するグリオーマの種類は様々です。

◉毛様細胞性星細胞腫,神経節細胞腫,神経節膠腫,退形成性神経節膠腫,上衣腫,退形成性上衣腫,びまん性星細胞腫,退形成性星細胞腫,膠芽腫,乏突起膠腫,乏突起星細胞腫,退形成性乏突起膠腫,退形成性乏突起星細腫,AT/RT,PNET,上衣芽腫,びまん性膠肉腫などのグリオーマ(神経膠腫)ができます。
一般的な頻度では、びまん性内在性橋膠腫,毛様細胞性星細胞腫,びまん性星細胞腫,退形成性星細胞腫の順になります。

◉これらの治療法はそれぞれ違いますが、当会が中心的に扱う疾患は、びまん性内在性橋膠腫(DIPG)といわれるものです。以下、それについて説明いたします。

びまん性内在性橋膠腫(DIPG)の発生場所
脳幹は脳の中枢にあり、上から中脳 (黄色)橋(橙色)延髄 (桃色)と呼ばれる部分で構成されています。
DIPGは橋(橙色)の部分に発生します。

img_20131006-201758.png

◉診断方法は、部位的に多くの神経が通っていて、メスを入れての腫瘍組織の採取が困難なためMRIでの画像診断となります。

◉しかし、上に記したようなDIPG以外の疾患が疑われる場合は、生検を行う場合もあります。また、近年、腫瘍の遺伝子検査も一般的に行われるようになってきていますが、それには組織の採取が必要です。(生検のリスクを避けての遺伝子検査の方法として、正確性は劣りますが、血液から検査する方法もあります)

脳幹部グリオーマの発生状態は、主に二種類があり、MRIで判断します。
◉脳幹全体が腫れたようなびまん性の型 (下左の写真)
最も予後(病気の推移)が悪いものが、この橋部に発生する「びまん性内在性橋グリオーマ」=英語名 diffuse intrinsic pontine glioma: 略称=DIPG となります。
なお、2016年よりWHOの正式な診断名称が「びまん性正中グリオーマ」と変わりました。


◉脳幹の一部に腫瘍が発生している限局型 (下右の写真)

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「びまん性」とは周囲の脳との間に境目がはっきりしない 状態のことです。脳幹全体が腫れたようにMRIで見えます。その ほとんどが悪性です。
限局型は良性のグリオーマが多いとされています。 

一般的な症状
脳幹は血圧、呼吸、意識等、生命活動にとって重要な働きがある神経が集まっています。脳幹に腫瘍などの影響による障害があれば、生命の維持が困難になります。
・頭痛と吐き気
・顔がゆがむ、まぶたがとじなくなるなどの顔の動きの麻痺。
・眼の動きの障害。治療法は、放射線の単独治療しかありません。これが世界的に認められた「標準治療」です。
・手・足の麻痺
・ふらつき、歩行困難。
・飲み込みや声を出す筋肉の麻痺。
などの症状が出て、最悪の場合、血圧、呼吸、意識の維持が困難になります。


小児脳幹部グリオーマの治療


小児脳腫瘍の細胞組織の種類は100種類以上あるといわれており、同じ脳幹部腫瘍とされるものでもその種類は上に記したように様々です。ここでは「典型的」といわれるびまん性内在性橋グリオーマ (以下 DIPG) の治療についてだけ述べます。

◉脳幹の一部の外側に、腫瘍がおできのように飛び出して出来ている「限局型」はいわゆるDIPGの可能性は低く、摘出も可能とされています。

◉問題は、悪性のびまん性のものです。びまん性のものとは脳幹部の神経にべったりと塗り込んだような状態の腫瘍のことです。これは正常な脳との境界が分かりにくく、脳幹に集中する重要な神経を傷つけずに手術で摘出することは大変困難なため、一般的には採用されません。


現在の標準治療は、放射線単独治療となります。
標準治療とは、臨床試験や過去の経験によって科学的に証明された最も効果が期待できる治療法ということです。

◉放射線治療にテモダール等の化学治療(抗がん剤治療)を併用した場合も、ほとんどその効果に差はなく、副作用その他の患者への負担を考えると、現在のところ放射線のみの単独治療がもっとも望ましい治療法とされています。

◉多くの場合、放射線治療によって腫瘍の縮小や症状の改善が認められます。ただし、その効果の現れ方には個人差があり、放射線治療が全ての患者に100%の効果があるとは言えません。残念ながら効果がなく、症状の回復がみられない場合もあります。効果があっても限定的な回復しかみられない場合もありますし、治療後1、2ヶ月経って効果が出てくる場合もあります。

◉また、スード・プログレッションと呼ばれる画像上の増大が認められる場合があります。
それについては以下のリンクをご覧下さい。
http://plaza.umin.ac.jp/sawamura/braintumors/pseudoprogression/

◉しかし、ほとんどの場合、放射線治療の効果も一時的であり、治療終了後、半年から一年で腫瘍が再増大し、その場合の腫瘍は以前より悪性度を増しています。

◉放射線の効果が現れた期間をハネムーン期間と呼び、この時間をいかに大切に使うかということが大切です。

◉その後、「再燃」といいますが、腫瘍が再発してくることがほとんどです。腫瘍の増大をなるべく抑えたり、神経症状の改善のために、ステロイド薬の投与や維持療法としてのテモダールやアバスチン、ラステットという抗がん剤での治療も行われていますが、決定的な治療法は残念ながら確立していません。発症から亡くなるまでが一年以内という確率は50パーセントとも言われ、小児脳腫瘍の中でも最も死亡率が高いものといわれています。


◉当会掲示板の議論にもありますが、近年の遺伝子解析技術の急速な進歩によって、この病気が徐々に解明されつつあり、それに伴い、特に欧米では様々な研究論文が発表され、数多くの臨床試験が試みられています。しかし、残念ながら、まだ決定的な効果があると確認された治療法は見いだされていません。

◉しかし、それでも治療の推移は人それぞれで、「例外」もあり得ます。数年にわたり生存されている方ももちろんいらっしゃいます。しかし、その場合は、誤診であり、典型的なDIPGではないとされるようです。基本的に生検(腫瘍を採取しての病理診断)による確定診断ができない部分の腫瘍のため、そういったことが起こります。

◉ただし、三歳前後までのお子さんの場合、治癒する可能性も高いとされているようです。これはがん細胞の質が、それ以後の年代と異なっているためかもしれないということです。

◉既製の抗がん剤だけではなく、患者自らの免疫の働きを活性化させる「WT1ワクチン」等の免疫療法という治療法も近年、注目されてきています。臨床試験も行なわれていますが、DIPGに対しては、はっきりとした効果は確認されていません。

◉また、民間クリニック等で行なわれている樹状細胞療法等の商業的な免疫療法は、特殊な免疫を刺激するだけなので、もともと自然の監視をのがれて発生したがん細胞に対しての効果はあまり期待できないということです。

◉しかし、このDIPGは決定的な治療法が無いのですから、逆に言えば何でも試してみるということも、一概に間違いとは言えませんが、日本では海外と比べて、いわゆる公的な臨床試験が少ないのが現実です。制度的、資金的に小児がんの臨床試験の実施に関する様々な制約があります。

◉海外での治療を受けるという選択もありますが、ただし、ここで問題となるのは、時間と副作用です。その貴重な時間を費やしても行う価値のある効果が、はっきりと科学的にみとめられた治療法は、まだ発見されていません。


患児の人生や生活の質(QOL)を考えた治療を


◉このように、いわゆる典型的なDIPGと診断されたお子さんの治癒は大変困難とされています。この状況を前提とした上で、どのような闘病生活がご本人にとってベストであるかを第一に考えてみるべきでしょう。

◉そこで、近年前面に出て来たのが「生活の質」(QOL)という考え方です。たいへん厳しい表現となりますが、限られた時間をできるだけ充実させてあげるということです。治療はもちろん大事ですが、人生は一度きりです。

◉きつい副作用も覚悟し、ある治療に賭けてみるという人生ももちろんあります。しかし、緩和医療といいますが、単なる対処療法であっても痛みが少しでもとれる時間を作って本人がしたいことをさせてあげるというのも大事です。それが闘病への精神面での励みにもなると思います。欧米では、あえて無治療という選択肢を医師が提示することもあるそうです。

◉いずれにせよここに正解といえるものはないと思います。
主治医とよく話し合い、患児の人生とのバランスの上で、納得のいく治療を行っていくというのが当然ながら重要になってくると思います。


2023年の状況


◉上記の文章を書いてから、多くはすでに10年近くが経過しています。しかし、未だにDIPGへの治療法は変化していません。本当に残念に思います。

◉しかし、医療技術は進歩し続けています。世界中の研究者により、このDIPGという疾患の謎の究明とその解決に向けて努力が続けられています。そして、その成果が少しずつ現れてきています。

◉このがん細胞の何の治療も寄せ付けない強靭な抵抗性。その原因は何なのでしょうか。放射線も化学治療も施された直後はそれなりの効果が見られる場合もありますが、結局は腫瘍がそれらを跳ね返す強い抵抗力を持ってしまうことが知られています。

◉この腫瘍の強靭な抵抗性の原因のひとつには、様々な種類のがんの細胞組織が入り混ざった「不均一性」にあることが分かってきています。ひとつの治療法、薬剤ではとても腫瘍全体を殺すことは不可能というわけです。そこで海外では異なった複数の薬剤を組み合わせた「カクテル療法」という形の臨床試験も始まっているようです。

◉がんは、遺伝子の異常からくることが解明されてきています。この遺伝子異常を正常に回復させる治療法か、異常ながん細胞のみを攻撃する抗がん剤の発明 (分子標的薬) が、この病気の治療には必要です。

◉この細胞の遺伝子異常については、近年の研究により分かってきていることがあります。ヒストン蛋白という分子の設計図における遺伝子にヒストンテールという遺伝子情報の転写に関係するアミノ酸が存在しているのですが、高悪性度グリオーマ、とくにDIPGにおいて、このヒストンテールの「H3 K27M」という遺伝子コードに70%から90%の高い確率で変異が見られることが分かってきています。

◉すでに海外では、この「H3 K27M」の遺伝子変異を標的とした薬剤が開発され、臨床試験に入っており、日本でも国内の製薬会社が輸入し、治験に入っています(OP-10治験・・2023年現在、第1相、第2相治験終了、第3相治験準備検討中)。 これまでの経過では、効果には個人差があり、完全に治癒することはできないものの、一定程度の腫瘍の増大を抑制する効果が期待されていますが、それが、従来のテモダールやアバスチン等の薬品を上回る標準的治療になり得るほど効果のあるものかは、今後の臨床試験の結論を慎重に待たなければなりません。


2025年8月の状況


◉(2025年追記) 国立がん研究センター中央病院が主導する形で実施されているPARTNER試験という未承認薬を遺伝子パネル検査の解析データに基づき、遺伝子変異が同じでも承認されていない別の臓器のがんにも試してみるという多臓器横断的な臨床研究があります。その試験に2025年4月より「OP-10」が採用され、現在DIPG患者も治療が可能な状態となっています。しかし、ここに参加できるのは、生検をして遺伝子パネル検査により、H3 K27M変異が証明された患者さんに限られているため、参加できるのは、非常に限定された患者さんのみになってしまっています。当会として、この厳しい生検による遺伝子変異のデータ提出という条件を何とか免除してもらえないかという要望活動を厚労省に対して開始しております。しかし、この要望が通るのはいつになるかは未定です。この試験への参加をご決断されている方は、主治医を通じて諸手続きを進め、速やかに実行に移されてください。DIPGのお子様の体調は刻一刻と変化してしまいます。試験を受けられるかどうか、体調も参加条件に入っておりますので、その点も考えて準備されてください。

2025年8月18日を目処にONC201(OP-10)を開発した米国企業は、早期承認申請による米国の薬剤規制機関FDAから正式な薬剤承認を得られるかもしれません。要するに世界で初めてDIPGを含めた高悪性度神経膠腫の治療薬の承認が実現しようとしています。但し、日本国内で正式承認されるには、上手くいってもこの1年後になるとされています。しかし、一旦海外の公的機関から承認されれば、「治験薬」から卒業し、「商業薬品」となりますから、自費での入手が可能になる可能性があります。いわゆる「個人輸入」による治療となりますが、これも一筋縄では行かず、厚労省の承諾を必要としたり、それを使用する病院の倫理的審査も通らなくてはなりません。第一、承認直後は世界中から引くて数多でしょうから、日本に輸出可能なほどの供給力が米国の製薬企業にあるのかどうかなども問題になってきます。現在、当会では情報収集をしていますが、何か情報がありましたら共有致します。

 

2025年8月、米国FDAにてONC201が薬事承認されました。
日本での承認を目指して製薬企業は動いておりますが、承認審査には1年近くを要する可能性があります。

 


日本脳腫瘍学会が策定した、現時点で推奨されている

医療者向けDIPGの治療ガイドラインはこちらをご参照ください。



※がんゲノム医療についてはこちらへ


(以上は、日本小児脳腫瘍コンソーシアムのホームページから大阪市立総合医療センター小児脳神経外科  坂本博昭先生の解説と、さわむら脳神経クリニック 脳神経外科 澤村豊先生のホームページの解説、mixi上のコミュニティ「小児脳腫瘍」、当会掲示板の議論、解説書VOICE 2020を参考に執筆しました。さらに詳細な解説は「リンク」のページに各小児脳腫瘍関係のホームページのアドレスを貼ってありますので、そちらをご覧いただければと思います)

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