がんゲノム医療について

がんゲノム医療についてと"生検"についての現時点まとめ 
2022年1月16日 

2025年5月21日改訂

近年、保険適応されたこともあり、生検で採取したがん組織を遺伝子解析して、治療に役立てるという方法が、いよいよ一般的になりつつあります。

小児脳腫瘍治療の分野でも例外ではなく、遺伝子検査による有効な薬剤の選択ということが、日常的に行なわれつつあるような状況になってきました。そこで、この遺伝子検査、いわゆる「がんゲノム医療」について考えてみたいと思います。

がんは遺伝子の変化が原因で起こる病気です。
「がんゲノム医療」とは、遺伝子のゲノムの情報を調べて診断や治療に役立てていくものです。ここでは、その基本的な概要から簡単に説明いたします。

 

1、遺伝子、DNA、ゲノムとは

Q1 そもそも「遺伝子」とは何でしょうか。

A1 私たちの体は、血液や脳もすべて「細胞」でできており、たくさんの細胞がお互いに協調して働き、ひとつの身体を成立させています。そのためには、細胞の働きを司る正確な「設計図」が必要となります。その設計図となるのが「遺伝子」です。

 

Q2 「細胞」の「設計図」が「遺伝子」なのですね。

A2 そうです。遺伝子の情報は「DNA」の「塩基配列」によって決まり、その情報に従って体内で「タンパク質」が作られます。

 

Q3 「DNA」とか「塩基配列」とはなんですか。

A3 「DNA」とは遺伝情報です。DNAは「塩基」という4種類の物質が長く連なってできているのですが、それぞれを構成するDNAの遺伝情報は、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4種類の物質の並びによる「文字列」によって表わされます。この文字列のことを「塩基配列」といいます。遺伝子の情報は、この「塩基配列」によって決定され、その情報に従って、体内で「タンパク質」が作られます。

 

Q4 すると「タンパク質」が重要みたいですね。

A4 細胞は「タンパク質」という材料によって成り立っています。細胞では「タンパク質」が中心に働いています。遺伝子による情報により、常に「正しいタンパク質」が作られることで、私たちの体は、正常に成り立っています。

 

Q5 あと「ゲノム」という言葉もありますが、これは何でしょうか。

A5 「ゲノム」とは先ほどの「DNAの4種類の文字列によって表されたすべての遺伝情報」のことです。ヒトゲノムのDNAの文字列は32億にもなります。この32億文字列のうち、タンパク質の設計図の部分を「遺伝子」とよんでいます。ヒトゲノムには約23,000個の遺伝子が含まれています。 体の中ではタンパク質がさまざまな働きをしているのですが、もし、この遺伝子に変化、すなわち「遺伝子変異」が起こると、正しいタンパク質が作られません。すると、体の働きがおかしくなったり、病気の原因になったりすることがあります。

 

Q6 がんの発生原因となる遺伝子変異の特長はなんですか。

A6 がんの発生に深く関わるのは、特に、細胞の分裂と増殖に関わる遺伝子とされています。細胞は分裂と増殖を何度も繰り返し、体のさまざまな臓器や組織の姿になっていきます。そして、いったん臓器や組織ができあがると、それ以上は増えなくなります。
しかし、細胞の分裂や増殖に関わる部分の遺伝子変異が生じると、分裂が止まらず細胞が際限なく増殖してしまい、増えすぎた細胞はやがて周囲の組織や他の臓器に入り込んで、体を衰弱させます。これが、がんです。
このように、がんを引き起こす原因となる遺伝子を「がん関連遺伝子」といいます。現在のところ、数百個の「がん関連遺伝子」が確認されています。

 

Q7 何が原因でそうなるのですか。

A7 胃がんや肺がんなどの成人のがんの場合は、食事やタバコ、生活習慣などの後天的要因が多いとされていますが、小児脳腫瘍を含む小児がんの場合は、生まれてからの成長過程における活発な細胞分裂の中で、何らかの原因で遺伝子変異が起きると言われています。その原因は、今のところはっきりとは分かっていません。

 

2、分子標的薬と遺伝子パネル検査

Q1 遺伝子変異を見つけるのが重要なのですね。 

A1 その通りです。「がんゲノム医療」は、遺伝子検査により、腫瘍の遺伝子変異を調べ、そのがんの種類を特定して、それに合った最も効果的な薬剤を特定していきます。

 

Q2 その検査の方法はどういったものですか。

A2 「遺伝子パネル検査」というものが行なわれます。生検手術によって、がん腫瘍の一部を採取したり、血液から、そこに含まれるがんの成分のDNAを解析していきます。検査対象となる複数の遺伝子を「パネル」と呼びます。それを「次世代シーケンサー」という機械にかけ、遺伝情報を読み取ります。そこで得た遺伝子のデータをもとに、個々のがんに適応するとおもわれる治療法や薬剤を選択します。

 

Q3 個々に則した治療法が見いだせるということですね。

A3 そうです。しかし、ここまで検査をしても、遺伝子変異に則した治療法を見いだせるのは、全体の10%の患者のみというのが、現実ということです。やはり更なる治療研究開発の必要性も感じます。

 

Q4 遺伝子変異に作用する治療薬とは。

A4 従来の抗がん剤は、がん細胞の増殖や働きを抑え、殺傷します。しかし、同時に正常な細胞にも同様に作用するため、副作用として様々な問題が生じます。
これに対して、1990年以降に登場したのが「分子標的薬」です。がん細胞では、変異が起こった遺伝子の情報から、異常な働きをするタンパク質が作られ、これががんとなります。分子標的薬はこの異常なタンパク質(分子)のみを標的として作用し、異常な働きを抑えます。正常細胞にあまり影響を与えず、がん細胞のみに作用します。上で説明した「遺伝子パネル検査」は、効果が期待できる薬剤を調べるものです。

 

Q5 それによるメリットは

A5 脳のがんとか胃がんとか肺がんとか、発生臓器により、それぞれ別のがんと捉えるのではなく、遺伝子レベルでがんの特徴を捉えるという方向で考えることによって、それに合わせてがんを分類・治療するという考え方が出てきました。2018年以降、国内においても臓器別ではなく遺伝子変異別の、がんを対象とした薬剤が承認されており、今後ますます「がん遺伝子パネル検査」の果たす役割の重要性が大きくなると思われます。

 

2、DIPG治療(高悪性度グリオーマ)の現状

Q1 そのような遺伝子レベルからの治療方法が一般的になりつつある中で、DIPG治療の現状はどうなのですか。

A1 長年にわたり治療法が見いだせなかったDIPGですが、近年の遺伝子解析技術の進歩により、その治療研究は、世界的にも注目され、活発におこなわれており、毎年、脳腫瘍学会では、多くの研究発表がされているようです。とくに、DIPGには「H3 K27M」という遺伝子コードに高頻度の異常があることが分かってきました。これを標的とした分子標的薬の開発研究がアメリカでスタートしており、薬の臨床試験も進んでいます。これは、大原薬品工業が、国内にも導入を予定しており、2020年より治験が始まっています。
※2025年年改定 
これはONC201のことを書いていますが、ONC201は「H3 K27M」の遺伝子変異を標的とする薬ではありません。「H3 K27M」変異という特徴が多く見られるがん疾患であるDIPG/DMGに効果が期待できる薬ということです。

ONC201は、DRD2拮抗薬(ドーパミンD2受容体拮抗)および ClpP活性化剤というものです。
ドーパミンD2受容体(DRD2)を阻害。ミトコンドリア内プロテアーゼClpPを活性化 → 腫瘍細胞のミトコンドリア機能を破壊という機序で、悪性神経膠腫に抗腫瘍作用を発揮し、30%の患者に約1年の生命予後延長をもたらします。なお、「分子標的薬」のカテゴリーに入る薬ではあります。

 

Q2 それは、素晴らしいです。

A2 希少疾患にも関わらず、大原薬品の素早い薬剤承認へ向けての動きは評価されるべきです。しかし、治験段階ですから、この薬の有効性、安全性が確認されるまでまだ広く使用できません。しかし、先行するアメリカでは、この薬の効果が見え始めているという中間報告もあります。

 

Q3 DIPGがついに治療可能となりそうですか。

A3 残念ながら5年生存率で計れる「治癒」というところまでは、まだ到達できないようです。しかし、一定期間・・約1年未満の腫瘍増殖の抑制効果はあるようです。これだけでも、放射線治療しか方法が無かった疾患ですからかなり大きな進歩かと思います。ただし、最終的な結論は出ていませんので、慎重に見極める時間がまだ必要です。

 

Q4 しかし、一刻も早く使用したいです。

A4 本当にそうです。2023年現在、米国では承認に向けての最終段階である国際共同治験による「第三相試験」が行われています。しかし、これはDIPGは対象となっていません。それ以外の高悪性度グリオーマが対象です。日本では現時点でこの第三相試験の実施は未定です。しかし、製薬会社との何らかの契約上のルールでそうなっているのかもしれません。
※2025年改訂
ONC201は、2024年11月に日本でも国際共同治験フェーズ3が開始され、募集が開始されましたが、海外と同様、残念ながらDIPGは除外の形での治験となりました。
その現実を受けて、私たち患者団体は、米国の人道的拡大治験と同様に、人道的観点から、ONC201へのアクセスできる道(人道的拡大治験制度の改訂)を模索する活動を開始しました。2025年4月末、その声を受けた国立がん研究センターのご厚意により、「PARTNER試験」という遺伝子パネル検査で同様の遺伝子異常が見つかった場合、その効果を本来のがんではなく他の臓器のがん患者にも試してみるという、患者申し出療養制度を応用した同試験に、ONC201(日本名 OP-10)の使用が承認され、現在、DIPG患者が使用する道が開かれています。但し、これに参加するには、生検からの遺伝子パネル検査が必要です。また、米国では2025年の8月の承認を目指してFDA(米国の薬事規制当局)へ早期承認申請が出されています。

 

Q5 現時点ですぐに行なえる治療は無いのでしょうか。

A5 冒頭の話につながりますが、「遺伝子パネル検査」は、現状の可能性を若干広げるかもしれません。ただし、ここにもDIPGの場合高いハードルがあって、生検が必要です。しかし、ご家族としては、これはなかなか決断できません。ハッキリとした効果のある治療薬があるならチャレンジもできますが、まだそういった状況ではないので、100%安全とは言えない脳幹への生検を実施するかどうかのジレンマとなります。なので、それに代替するものとして、正確性は劣りますが、血液での検査も現在保険適応されています。これをひとまず受けてみるというのが良いと思います。
※2025年改定
血液からの遺伝子検査では、現時点では、ほぼ結果が出ないことが分かってきています。保険適応される遺伝子検査は一生に一度しか受けることができません。結果が出ず二度目に生検からの検査を受ける場合には、自由診療となり実費での検査となりますが、残念ながら、そこでデータが得られても、そのデータを保険診療に使うことができません。上記の「PARTNER試験」など、保険適応された診療では、正当な保険適応された遺伝子検査のデータを得ることが参加条件となっています。自由診療で得たデータは、C-CATと呼ばれる遺伝情報登録ができない事と、自由診療と保険診療の同一診療計画内の診療の禁止(混合診療の禁止)の原則により、使用できないことになっています。
現在、研究段階の検査方法からのデータもその後の保険診療には利用できませんので、DIPGの患者様は、生検を考える時は、がん拠点病院等の技術的信用性の高い医療機関で行われる保険適応された「定位生検術」という方法による比較的リスクの低い生検方法による遺伝子検査を必ず選択し、行なってください。

 

Q6 治療につながるのでしょうか。

A6 遺伝子検査で治療につながる確率は10%ですから、大きな希望は持てません。肝心のDIPGの治療薬が無いですから、正確にDIPGという検査結果が出てもあまり意味はないです。ただ、ひとつの可能性として、DIPGという検査結果が出なかった場合もあり得るということです。
※2025年改訂
血液からの検査では結果はほぼ出ません。定位生検をおすすめします。

 

Q7 DIPGとは違う腫瘍という結果が出るということですか。

A7 初期は画像診断のみで判断されていますから、正確な遺伝子検査でそういう結果が出ることもあり得ます。そうなりますと、現在、低悪性度や高悪性度の様々な種類のグリオーマに対する治療が有効と判断される可能性が出てきます。ここにひとつの可能性を見いだせるかもしれません。

 

Q8 DIPGとは違う例外の腫瘍かもしれない可能性ということですね。

A8 そうですね。かなり、小さな可能性となりますが。

 

Q9 グリオーマの治療薬というと、テモダールやアバスチンが定番ですが。

A9 再燃時にテモダールやアバスチンやその他の抗がん剤を実際に服用されている方も多いと思います。膠芽腫に一定の効果があり、同じ「高悪性度グリオーマ」ということで、医師に勧められて使用されているかと思います。当会の中でも確かにこれらの薬剤に、一定の効果を感じた方もいらっしゃいます。しかし、効果が出ないのに服用されている方もいます。遺伝子検査によって、適応するかがはっきりすれば、副作用のデメリットを考慮しつつ服用を続ける、または、適応が認められないからここで止めてQOLを重視した療養に転換する・・・といった選択も可能となります。
※2025年改訂
テモダールの適応性の目安となるものに「メチル化」というものがあります。遺伝子検査により「高メチル化」があるとの結果なら、テモダールの効果が期待できます。「高メチル化」があるかどうかの検査は、JCCGが無料で実施しています。

 

Q10 その他の新しい薬剤はありますか。

A10 2021年10月に行なわれた国際脳腫瘍学会「ISPNOファミリデー」に於ける国立成育医療研究センターの寺島先生の講演で、現在国内で進行している低・高悪性度グリオーマの新規薬剤の臨床試験がいくつか語られましたので以下にまとめて記します。しかし、参加条件として生検による病理診断を条件としている事も多いこと、応募を終了しているものもあることから、タイミング的にも、2022年1月現在、残念ながら多くの皆様がすぐに参加できるものはほとんど無いという状況ということですが、関心のある方は念のために主治医を通し、各実施機関へお問い合わせください。

 


日本で行われている臨床試験 (2022~2025年現在の状況)


◉DIPGを含むびまん性正中グリオーマ(DMG)の遺伝子解析により「ヒストン蛋白」の中の遺伝子であるH3K27Mの変異が高頻度で見つかりました。そこでゲノムが発現=蛋白質になるところをコントロールする分子の異常に作用して腫瘍細胞の増殖を抑えることを目的とした薬剤の開発が始まっており、現在、「EZH1/2阻害薬」等の臨床試験が進行しています。(2023年9月現在、参加は締め切られたようです。DIPGへの効果は不明。病理診断(生検)を受けた方が対象のようですが、主治医を通して問い合わせてみてください)
https://jrct.niph.go.jp/latest-detail/jRCT2031190268

 

◉同じくH3K27Mの変異があるDIPGやDMGに関しては、もうひとつ独特の作用で効果を期待される「ドパミンD2受容体拮抗薬」の治験が国内でも進行中。大原薬品工業のOP-10治験。
(第1相、第2相治験終了。第3相の国際共同治験実施中ですが、DIPGは除外という条件です。日本での実施は現在未定です。)

https://jrct.niph.go.jp/latest-detail/jRCT2080225115
 

◉低悪性度グリオーマの腫瘍細胞増殖のための遺伝子が発現するためには、様々なステップで色々な分子がリレーのように繋がる遺伝子回路が関わっています。その経路に「BRAF」をはじめとする「MAPK回路」と呼ばれる遺伝子経路の異常が多い事が知られています。その異常の結果、経路の下流に位置する「MEK」が活性化していることが分かってきました。そこで現在、肺がん等に承認されている「BRAF阻害薬タブラフェニブ」や「MEK阻害薬トラメチニブ」といった薬剤に関して、BRAF V600変質グリオーマへの適応拡大を目指す国際共同治験が進んでいます。(患者登録、治験終了)
※2023年、承認されました。低悪性度グリオーマに有効。

●現在、下記の北海道大学病院のみで、患者申し出療養を実施のようです。

https://jrct.niph.go.jp/latest-detail/jRCTs011220017

患者申し出療養

https://gemmed.ghc-j.com/?p=42582

以下の治験終了

https://cancer.qlife.jp/clinical-trial/ct_etc/article7972.html

◉「PARTNER」試験
国立がん研究センターが主導する。ONC-201(OP-10)が試験薬として承認され、2025年4月30日より患者募集が開始されています。
参加には遺伝子パネル検査によりH3 K27Mの遺伝子異常の検出データが必要です。
これは、保険適応された定位生検術による検査データに限定されています。
血液検査ではほとんど検出ができないことが分かっています。

https://jrct.mhlw.go.jp/latest-detail/jRCTs031230544



◉がんゲノム医療に関係する情報

●動画
https://youtu.be/nKlKzLR-r_A

 

◉GD2-CAR-T療法についての解説動画

アメリカスタンフォード大学でのDIPG治療を目指した臨床試験についての解説動画となります。

https://youtu.be/2E42AAexRHM

 


◉がんゲノム中核拠点病院 遺伝子検査の相談等はこちらへ

https://hospdb.ganjoho.jp/kyoten/kyotenlist?cf_genom_category%5B1%5D=1&cf_genom_category%5B2%5D=1&cf_genom_category%5B3%5D=1&cf_pmp_list=&cf_name=


※参考サイト 中外製薬「おしえてがんゲノム医療」/国立がんセンター「がん情報サービス」


 

 

 

 

 

 

 

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