グリーフオンライン懇親会

2025年6月1日 23時31分10秒 (Sun)

—— それでも、話したいことがあります。

 

子どもを亡くした親同士が集まるグリーフ懇親会は、いつも静かな雰囲気の中で始まります。

最初は、誰もが何を話してよいのか迷いながら、ただそこに“いる”ことから始めています。

けれども、一人がそっと語り出すと、その言葉が空気をゆるやかに変えていきます。

 

「もう40年も経ったんです。でも、“なぜうちの子が亡くなったのか”という問いだけは、今も消えていません。」img_20250601-233706.jpg

 

そう語った方の言葉に、皆が深くうなずいていました。

どれだけ時間が経っても、心の奥底にある問いが癒えることはなく、喪失とは「終わるもの」ではなく、「共に生きていくもの」なのだということを、あらためて感じる瞬間でした。

 

社会復帰の難しさについても、さまざまなお話がありました。

久しぶりに職場に戻る際、誰に何をどこまで話すべきか、黙っているべきか——

「みんなが知っている中で、知らない人がいるのがつらかった」

「むしろ皆に知っていてもらえた方が楽だったかもしれない」といった声も聞かれました。

 

中には、「自分たちが気を使うのではなく、むしろ周囲が気を使ってくれたらいい」と話す方もいらっしゃいました。

「だからこそ、もっと話していいのだと思います」と、前向きな気持ちを語ってくださいました。

 

日常の中でそっとお子さんの存在を伝える工夫も紹介されました。

「推し活バッグ」に子どもの写真を忍ばせて出かけているという方は、「誰かが気づいてくれたら、そこから自然に子どもの話ができるのが嬉しい」と話されていました。

 

また、同じ経験を持つ方の本を読んで「自分だけじゃないと思えて救われた」という声もありました。

 

一方で、「いろいろ頑張っているつもりでも、やはり悲しみは大きい」と語られる方もおり、感情の波に揺さぶられる「揺れ戻し」のような感覚についても共有されました。

 

「自分の中の“暗黒面”と向き合う時間がある」と話された方もいらっしゃいました。

その言葉には、悲しみを否定せずに受け止め、誠実に生きようとする強い意志が感じられました。

 

そして、今回の会で多く聞かれたのは「愚痴を言い合える場所が必要です」という声でした。

「頑張らなくていい」「ただつらいと話してもよい」——

そんな場があることが、グリーフにおける本当の意味での“癒し”につながるのだと感じました。

 

会の終わりには、「こうした懇親会を定期的に開催してほしい」というご希望も複数寄せられました。

一度きりではなく、継続してこのような場があれば、自分の気持ちを少しずつ言葉にしていけるかもしれないという期待が感じられました。

 

喪失の深さは言葉で測ることはできません。

けれど、語ることによって生まれる共感やつながり、そして誰かに想いを受け取ってもらえるという経験が、たしかな“支え”になるのだと思います。


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