ボランティア「響」ブログ

2015年11月15日 0時48分03秒 (Sun)

国会議員への直接陳情を行いました。

 

衆参国会議員に陳情活動をしました。

 

 当会では、トルコキキョウの会とともに、署名プロジェクトチームを結成し、小児脳幹部グリオーマの治療研究の推進と、療養環境の改善を国に要望していく活動を行なっています。前回の厚労省への要望書提出に続き第二弾として、関係する衆参国会議員への陳情活動を行いました。
当日、参加スタッフは11名。女性(ママ)6名、男性(パパ)5名の布陣で挑みました。

約50名の自民・公明の厚労行政に関係する与党議員を個別に訪ね、資料の配布とともに、この疾患の概要と要望点の説明をさせていただきました。
 

 患者会がこういった陳情活動を行なうのは珍しいことではないと聞きますが、多忙な議員と面会できる機会を得るのは、なかなか簡単ではありません。多くの場合、秘書の方が対応してくださいます。

 しかし今回は、協力してくださった会員の尽力で、元医師会副会長である医師で厚労委員を務める羽生田俊議員と厚労部会長で同じく医師でもある古川俊治議員という厚労政策に関して有力な議員のお二人と面会が叶い、我々の要望を直接お伝えすることができました。

 お二人とも医師でもある方なので、我々患者会の人間だけでは、答えに窮する専門的な質問も予想されました。今回は、国立成育医療研究センターの医師で当会にも発足当初からご協力いただいている寺島慶太先生にもご同行いただくことができたおかげで、お二人の議員の事細かな専門的な質問にも的確な返答をすることができたと思います。また、地方行政の立場からご協力いただいている神奈川県相模原市の市議会議員、宮崎雄一郎氏にもご同行いただき、各公的支援制度の運用面の改善に関し国と地方の連携についての意見を交換できました。

 手前味噌な印象ですが、これだけ充実したスタッフが揃った患者会の陳情は稀だったと思います。特に羽生田議員は、大きな関心を示してくださり、治療研究の国内・国外の状況、小慢制度の申請に関する問題点、また、障害者認定の迅速化についての理解を示していただきました。当初30分程度の予定が約1時間の面談となり、各要望点に関しても前向きなお言葉をいただきました。

 これまでがんの諸問題に取り組んで来られた古川議員とはご多忙の中、時間は20分ほどの面会でしたが、さすがにグリオーマが難病であるということをご理解いただいており、我々の要望点が他のがんでも共通した問題を多く含むことから、それらと合わせご検討いただけるとのお言葉をいただきました。

 また、ご多忙の中、瀬戸隆一議員にもお話を聞いていただくことができました。
ご自身のブログにも掲載いただき、あたたかいお言葉をいただきました。
http://ameblo.jp/setojapan/entry-12094801350.html

 

 この面会と並行して、チーム響の署名プロジェクトチームのメンバーが、議員会館の各議員の部屋を一人一人を訪ね、資料の配布と説明活動を行ないました。

これは、主にママチームに行なっていただきました。約50人もの議員を訪ね歩くのは大変だったと思います。秘書による、いわゆる通り一遍の対応ももちろんありましたが、一方で熱心にこの病気の現状に関して耳を傾けていただけた方も何人もいらっしゃったということです。今後、特に興味を示していただけた議員に対し、何らかのアクションも行っていきたいです。

 

 前回の厚労省への請願に続いての国への要望活動でしたが、こういった地道な行動を通して、少しずつですが、よい種が撒けたらと思っています。その種がいつか大きな花を咲かせる日が来ることを願い、今後も引き続き、色々な角度から、色々な方々に、この病気の克服へ向けてのメッセージを送り続けたいと思っています。

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羽生田議員(中央)

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古川議員(中央)

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議員会館前でポーズ!!
 


2015年10月4日 11時39分51秒 (Sun)

厚労省へ要望書を提出しました。

102日(金)、厚生労働省に赴き、小児脳幹部グリオーマを含む
小児難治性脳腫瘍に関する要望書を提出致しました。

img_20151004-114103.jpg
 
具体的要望内容はこちらをご覧ください。
要望は多岐に渡っており、同じ厚労省でも、それぞれ要望を申し入れる担当課が違います。
今回、面会が叶ったのは、健康局難病対策課とがん・疾病対策課です。
 
難病対策課には、主に小児慢性特定疾病患制度についてお話しさせていただきました。
私たちは主張の主眼を「余命宣告を受けた小児がん患者とその家族を考慮した支援制度の確立」という一点に絞りこみました。
小慢制度に関しては、特に申請時に対する不満が多く寄せられており、その点を中心にお聞きしました。
 
Q1、制度の申請時、家族が精神的ショックの中、少しでも子どもと離れたくないのにいろいろな書類を集め、遠い役所まで行く煩雑さ。ネット申請などできないのか。
A1、基本的に申請によって受けられる制度なので、簡略化は難しい。ネットやマイナンバーの活用はセキュリティーの面から現時点では困難。
 
Q2、制度自体の周知の不徹底さ。
A2、国から周知徹底しろと各自治体に押し付けるような言い方はしていない。それぞれ財政事情等もある。ホームページもあるが、あまり見られていないのは承知している。何か工夫できればしていきたい。
 
Q3、病院・役所担当窓口の知識の無さが問題。啓蒙のための講習会などしていないのか。
A3、していない。制度の改正の折りには書面でそれを伝達しているのみ。
 
Q4、経済的に厳しい家庭もある。これら周知徹底の不足等、様々な理由による申請の遅れがあっても遡及措置がない。その対応も自治体によってまちまちになっている。
A4、基本的に遡及はできない法律となっている。ただ、各自治体の裁量で、少々日付をずらして書いても我々は知る由もないので、それはそれで通っているということもあり得る。
 
以上のやりとりで分かったのは、小慢制度が国と地方がお金を半分ずつ出し合って成立している制度なので、
国としても財政事情等の理由から、自治体に対し、制度の周知に関して必ずしも強く主張できないという事情です。遡及措置、その他の対応の点で手厚かったり冷たかったりなど自治体によって差が生じるのは、そういった事情が絡んでいるということです。もちろん、もともと単純に制度自体をよく理解していない窓口職員もいることでしょう。その点の教育はぜひしっかりやってもらいたいと思います。
 
「税金使う以上、他の疾患との平等性を考えると(特別視はできない)」という台詞を何度も言われましたが、では、居住地によって様々な差が生じるのは不平等ではないのかという疑問も感じました。
 
次のがん・疾病対策課でのやりとり
この課では治療研究の推進を訴えました。
私の方から、この病気の説明、いかに史上最悪の小児がんであるかを主張させていただきました。
 
Q1、一刻も早く、この病気の治療研究に着手してほしい。
A1、難病はたくさんあり、この病気だけを特別扱いはできない。また、はっきり言って、小児固形腫瘍の分野は遅れていて、そもそも研究の基本的体制がない。
 
Q2、有効な薬が海外で出た場合のドラッグラグの問題
A2 、ドラッグラグはだいぶ期間的に短くはなっているはず。基本的に、海外の薬を安全性その他の確認なく認可はできない。
 
Q3、海外との治療研究の連携
A3、逆に海外での治験に参加されたら? の質問に、欧米では臨床試験や研究はされているが、まだ有効な治療がない以上、行ってもQOLを損なうだけの結果となる可能性が高いと私が回答。
 
Q5、血液腫瘍(白血病)と固形腫瘍の治癒率の差はこれでいいとお考えか。
A5 、白血病に対して脳腫瘍等固形腫瘍の研究の遅れは、各医療研究者の結束力と情熱の差が出ている部分もある。でも、ご指摘の通りなので、不平等感を何とかできないかと思うが、やはり、医師・研究者が前に出てきてぐいぐい引っ張ってもらうことが必要。我々の方から、あなたこれ研究しなさいとは言えないのです。
AMEDは研究内容を募集して審査し、通ったものに資金をつける仕組みであり、なんだかんだ言っても最期にはやはり研究者の情熱が問われる。
 
Q6、JCCG(日本小児がん研究グループ)に資金を。
A6、まずJCCGにもそういう受け皿、研究体制を作ってもらえばやり易いかも。
 
Q7、小児がん拠点病院の役割について。名古屋医大など患者が集約されている大学病院への研究支援があればインフラもあるし、研究が進むのではないか。
A7、そうかもしれない。はっきり言って拠点病院には血液腫瘍の専門家が多い。固形腫瘍に関しては、これから体制作りをしていくところというのが現状。
 
Q8、民間での研究資金集めはどうか。
A8、そういう動きは歓迎する。
 
Q9、国民的な話題になると役所は動き易いか。
A9、確かに最近芸能人のがんに関する話題が多い。がん検診とかそういう面では話題になるとやり易くなるかも。でも、この病気は国民的話題というには人数が少なすぎるのでは。
 
この課の担当は医師でもある方だったので、我々の主張に難しいながらも理解を示してはいただけたような気がします。以上のようなやりとりには今後の治療研究体制確立へのヒントがあったような気がしてます。
 
今、思いますと、もっと突っ込んだ主張をしても良かったかとも考えます。
また、感想として、小慢制度の周知徹底等の対応に関しては、むしろソーシャルワーカーの団体に要望するとか、治療研究に関しては、先頃発足したJCCG(日本小児がん研究グループ)に一度行って直談判してくる必要などがあるかもという意見が出されました。それに関しても検討の上、会としても動きたいと考えています。
そして、私たち患者会側も治療研究の応援ができるようなきっちりした体制作りが求められていると思います。
 
この小児がんの中でも最も過酷な小児脳幹部グリオーマ患者に関する要望を初めて行政当局に主張できたことは、ほんの小さな一歩ではありますが、その意義は決して小さくないと思っています。
ここからやっと、私たちの闘いもスタートするのです。
(boro)
 

 


2015年9月10日 1時22分45秒 (Thu)

グリーフケアキャンプ

グリーフケアキャンプ心理士・西尾温文先生が主催する eeg tree house のグリーフケアキャンプに参加してきました。
今年はAの7月25日~27日とBの8月22日~24日の新潟県湯沢にあるたまごの家で2回行われ
私は初参加でAとBの両方を次男と行って来ました。
Aの方は参加者が少ない為かのんびりする時間もたくさんあり、初めてお会いするご家族ともゆっくりお話しする事
ができました。

Bの方は私の急な参加の申し出も西尾先生は快く受け入れてくださりありがとうございました。
定員数に近い20名ほどいましたが、ほぼうちの会の参加ということもあり修学旅行の気分でした。
A、Bとも2泊3日の昼食以外は全てたまごの家の敷地にかまどをセッティングして大人と子供班に分かれて食事を作りました。
Bの方は3日間とも雨に見舞われカッパを着ての食事作りでしたが、自然の中で時間を気にせず同じ悲しみをもった者同士
過ごせたことは私と次男にとっても今年の夏の良い経験になりました。

夜はリビングで大人の参加者で飲み会が始まり大変盛り上がり、この時間もグリーフケアになりました。
その他夜は、たまごの時間というのがあり大人は2日間、子供は1日行われました。
1日目は亡くなった人の思い出の物を持って行きそれについて一人ずつ話していきました。
2日目は亡くなった人に語りかける・・・というのがありました。
どちらとも話す順番は決まっていなくて、話したい人が自分の間で話していくのですが、私はこのし~んとした「間」がすごく嫌でした。
これもまた西尾先生のやり方なのでしょうが、私としてはどちらか1日でいいような気もしました。

子供が亡くなり7年以上経ちますが子供が居ないのは事実で変えようもないのですが「子供が死んだ・・・」ことは考えないように
毎日生きていますが、子供の死とちゃんと向き合い話すのはとても辛く・・・ここまできてしまいました。
だけどこうして向き合うことも前に進むのには必要なのかもしれません。
A,B参加して思ったことは、毎日の生活の中で子供がどこにもいない・・・辛さが自分だけのような気がして心落ちたりも日々
ありますがこうして同じ悲しみをもった者同士、自然の中で世間話しをしたりすることだけでもグリーフケアになっているんだと
思いました。
笑顔の中に深い悲しみがあり、その悲しみが話さなくてもわかってもらえる・・・これだけでもすごくグリーフケアになっていると思います。

A、Bの6日間のキャンプ、新たな出会いもあり内容の濃いグリーフケアキャンプにできたこと、西尾先生をはじめファシリテーターの方に
感謝です、ありがとうございました。

なおとも

2015年8月1日 21時48分36秒 (Sat)

アボ・・アドボカシーとは?

膵臓がん患者支援団体パンキャンジャパンが主催する、難治性がん研究アドボカシーリーダーシップトレーニングというイベントに参加する機会を得ました。
これは全国の難治性がん患者団体が参加し、自分たちの要求を国へ届けるにはどうすればいいのかを考えるセミナーで、アドボカシーっていうのは、政策提言とかいう意味で、恥ずかしながら、こんな言葉初めて知りました。
パンキャンアメリカ本部を仕切る若き女性CEOジュリーさんが発表されたアメリカでの難治性がん支援活動の軌跡は、まさにアメリカらしいポジティブシンキングな思考で、みんなで力を合わせればできないことなどないのだ!! という励ましに満ちていました。アメリカ全土の難治性がんのいろいろな患者団体を一点のメッセージと目標のもとに集結させて、ホワイトハウスに攻め込む作戦で難治性がんの治療研究費を一気に5倍にしたということですが、この裏ではかなり叡智をフル回転させた地道な議員一人一人へのロビー活動等があったのだと思います。
翻って、この日本でそんなアメリカンドリームみたいなことが可能なのかどうなのか。
アメリカに比べてはるかに小さい規模の患者支援団体が数多く存在していますが、これを束ねることなどできるのでしょうか。小さいものがたくさんというのは効率的にどうなのかと、私もはじめは思っていましたが、病態も治療も悩みもそれぞれ違うので疾患の数だけ団体ができてしまうのは自然の流れではあります。でも、個々に物を言ってもかき消されてしまうでしょう。何か一致できるテーマを見つけその点で団結できたら政府に届くかもしれません。
また、それだけをいきなりではなく、国側、役所側とも何かことあるごとに機会を見つけて接点を持ち、いわゆるコネクションを作って潜り込む努力も密かにしておくべきでしょう。
今回の講演では役所出身の方のお話もありましたが、この国の行政の縦割りはひどいもので、なかなか各省庁の既得権益を保守するため、新しいことをすることに対する官僚の抵抗もすごいことを知りました。
おそらく、一度や二度の陳情では何も変わらないでしょう。しかし、とにかく声を出し続けることは必要だし、また、我々ができるのはそれしかありません。
そういう意味でも常に前を向き自己を主張するアメリカンなノリ・・・フィーリング・・これも必要なのかもですね。

2015年7月7日 1時13分54秒 (Tue)

「小児がん患者の闘病と家族の体験や思いについて」を講演しました。

「小児がん患者の闘病と家族の体験や思いについて」を講演しました。6月19日(金)

神奈川県立保険福祉大学の社会福祉科、看護科の学生さんたちの授業で、小児脳幹部グリオーマのこどもを亡くした母親3名(まき、いくこ、aoko)でお話しする機会をいただきました。
話すことも慣れない私たちでしたが、事前に資料をまとめ、打ち合わせをし、闘病を思い返し涙しながらも準備を進めてきました。
話す前にはしっかり話せるだろうか、想いが伝わるだろうか、との不安もありましたが、当日は学生さんたちがとても真剣に聞いてくれる姿勢に心を打たれました。
時には思いが込み上げてしまい言葉をつまらせながらでしたが、それぞれの立場から闘病やとりまく環境、家族や周りの人の想い、絆、病院や役所の対応の違い、関わってくれた専門職の方々とのエピソード、それぞれが関わる患者会や活動、専門職に求める想いなどをお話しさせてもらいました。

終わって数日たち、学生さんたちからの感想が届き読ませていただくと、ぎっしりつまったその内容に私たちは改めて話したことの意義について考えました。
リアクションペーパーより…
○今後自分達が医療に関わっていく上でどのように患者、または家族と向き合っていくのがいいか、専門職として働く上での意欲
○こどもたちの闘病の様子(経験はしていないけれど)痛いほど伝わり、患児や家族のことを思い、心が苦しくなった
また、一方で家族の絆を感じた
○仕事としてではなく患者、家族に心から寄り添える医療者になりたい
○きょうだいたちの心のケアもしてあげたい、患児ももちろんだが、きょうだいにも視点をあてたい
○死生観について
学生さんたちからは、
病気の名前さえ知らなかった、聞いてみないとわからないことばかりかだった、こどもたちがこんなに過酷な、でも、その中にも家族で幸せの時間があるひとときをすごしていることを知った

との声もあり、小児の難病に関わる課題が多様であること、闘病をとりまく様々な現状を声に出して伝えていくことが大切だと感じました。

大学の先生方を始め、授業を聞いてくれた学生さんたちに感謝しています。
そして改めて、こどもたちがくれた繋がりやご縁に感謝すると共に、少しでも現状が伝わり心身ともにぎりぎりのところで現在も頑張っているこどもたちや家族にとって、地域や病院による環境の違いなく、厳しい闘病の中でも必要である充実したサポートが受けられるようになることを願っています。


aoko

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