ボランティア「響」ブログ

2018年2月12日 18時20分24秒 (Mon)

第1回こどもホスピスサミットin 横浜

第1回こどもホスピスサミットin 横浜2月11日、横浜で「第1回子どもホスピスサミットin 横浜」が開催されました。
当会メンバー数名もお手伝いさせていただきました。
一般的に「子どものホスピス」・・ときいて、どんなイメージや思いを抱くでしょうか。
命を脅かす病気と闘う子どものための療養施設ですが、でうしても子ども達の末期医療の場・・あとは死を待つだけというイメージが先行し、ネガティブな印象を抱いてしまう方も少なくないと思います。
「子どもの死」ということ、これは現在でも口にするのもタブーなような雰囲気をまとった言葉ではあります。
子どもは真っ直ぐ健やかに成長していく明るい未来の象徴とも言える存在です。それと「死」は全く真逆の事態であって、そんなことは決してあってはならないのです。
しかし、現実には・・当会のような重い病気とともに生きることを余儀なくされた子ども達は決して少なくないのです。
そんな子ども達が「死」を静かに受け入れる場・・というよりも、尊厳を持って子どもらしい「生」を享受し謳歌できる実践の場としてあるというのが、今回のサミットで明確にされた「子どもホスピス」というものの定義です。
実に10名にも及ぶ、全国の子どもホスピスの関係の先生方が、それぞれのご経験から紡ぎ出された言葉で、私たち聴講者にそのことを繰り返しお話しされました。
「子どもの生と死」の狭間と向き合った各先生型のその言葉はどこまでも重く、深く、聞く人の心を揺さぶらざるを得ませんでした。
そして、そんな子ども達のことをどこまでも考え思い、大人としてやれることを突き詰め、毎日試行錯誤しながら子ども達と向き合っているその姿に感動せざるを得ませんでした。
ビジネスマンとしての本業を持ちながら施設の理事をされている先生の「この場所には本当に愛しかないのです・・」という言葉がいつまでも印象に残りました。
しかし、この「愛」の施設を現実世界で維持していくためには、並大抵の努力では足らないという問題も現実の壁としてあるのも確かです。先行する英国の施設の方の「私たちはそのつど勝ち取ってきた。ここに与えられたものなど何も無い」という言葉も先生より紹介され、こういう活動を持続させるための知恵を結集することが、今は何より大切で、そのためにも第1回として全国から関係者が集ったこのイベントの意味の重要さは計り知れません。

このイベント実現に奔走された横浜子どもホスピス建設プロジェクト代表の田川さんはじめスタッフの方々の尊いご努力に心よりの感謝を申し上げます。

2017年10月30日 0時18分52秒 (Mon)

「小児脳幹部グリオーマ」シンポジウム

「小児脳幹部グリオーマ」シンポジウム10月28日(土)、「小児脳幹部グリオーマ」シンポジウムが開催されました。
三年前より、高木伸幸さんの提唱で始まった「署名プロジェクト」ですが、昨年、厚生労働大臣への署名提出という形でひとつの大きな区切りとなったことは前回のブログでもお伝えしました。
「署名プロジェクト」は各制度の問題点の改善や治療研究の促進を提唱していますが、次の段階として、では、その解決には現実問題として何をしていったらいいのか?という点を考えて行かなければなりません。
そして、それは一朝一夕で解決できるものではありません。プロジェクトチームでは、まず、この問題意識を単に一つの患者会や、専門家が認識するだけではなく、広く大きな国民的広がりとすることで解決をはかりたいと考えています。その手始めとして、まず、多くの問題点を表面に出して、共有して行くことが重要ということで、その一環としてこのシンポジウムも企画されました。

今回は、総勢9名という各分野の専門家の方にご協力いただき、それぞれのテーマでご講演いただいたあと、その後、講演者全員でのパネルディスカッションという形式を考えました。

まず冒頭、委員長の開会の言葉に続き、これまで大きなご協力をいただいている参議院議員の羽生田俊氏、また今回の会場となった成育医療研究センターのセンター長 松本公一氏から励ましとイベントの成功を祈る暖かいご挨拶いただいたきました。

第一部は「治療・研究」に関する講演です。

講演者 東京慈恵会医科大学病院 脳神経外科 柳澤隆昭氏、国立がんセンター 特任研究員 中野嘉子氏、国立成育医療研究センター 脳神経腫瘍科医長 寺島慶太氏、同センター脳神経外科医長 荻原英樹氏、AMED戦略推進部 原田英治氏

まず柳澤氏からDIPGという病気の概要と現状の治療状況をお話しいただき、次の中野氏には、細胞・遺伝子レベルの研究について非常に難解な専門的なお話を、一般にも分かり易く噛み砕いてお話しいただきました。
それに続き寺島氏による遺伝子レベルでの研究、近年の国内外の治療研究・臨床試験の現状をお話いただきました。
そして、その研究に不可欠な要素としての「生検」としいう問題。荻原氏には実際の生検がどのように行なわれているかという解説をしていただきました。
また、原田氏にはAMEDという政府の医療研究開発機構の研究支援への役割についてもお話しいただきました。

一連のお話から、ありとあらゆる臨床試験が効果がなかった時代から、遺伝子研究の時代になり、これまでに無かったさまざまな方法でこの病気治療へのアプローチが行なわれている点、近年の遺伝子解析技術の飛躍的発達は、この難攻不落の病気の正体とその治療法確立に向けて徐々にねじりよって来ているという感想を持ちました。

その後のパネルディスカッションでは、このような希少疾患に対する研究支援体制は、まだまだ十分ではないこと。海外での研究との連携が大事であるが、その基盤が出来ていないこと。AMEDとしては、希少疾患としても、その研究が大きな社会的貢献になれば支援していく道筋はあるということ。そして、何より生検という大問題。治療の選択肢があれば効果が未知であっても生検を受けさせたいかという会場への質問に多くの方が賛同されていたのが印象的で、これは賛否両論あるでしょうが、今後の治療研究を考える上で重要な問題となってくると思います。

第二部は「QOL・支援・末期の療養とグリーフケア」に関する講演です。

講演者 あおぞら診療所医師 天野功二氏、国立医療研究センター ソーシャルワーカー 鈴木彩氏、厚労省 難病対策課 田中彰子氏、同省 障害保健福祉部 朝川知昭氏、グリーフカウンセリングivy-グリーフカウンセラー 浅原聡子氏

今回は、QOLといっても、様々な課題がある中で、特に子ども達の療養環境を考える上で、在宅での療養の実現が重要なのではないかという視点に絞っての講演ラインナップとなりました。
天野氏からDIPGの患者は末期在宅医療を希望する方が多いこと。しかし、小児を担当できる・・それも小児がんの患者を診られる在宅医や医療者が不足している点などが指摘されました。
また、鈴木氏から療養の環境を作る要であるソーシャルワーカーの役割についてのお話、成育医療研究センターの患者支援体制と小児病院の中心的存在としての役割についてのお話がありました。
次に厚労省のお二人からの各支援制度の解説がありました。小児慢性制度の解説を田中氏が、障害者支援制度に関して朝川氏に解説いただきました。身体障がい者手帳交付に際してのハードルである「症状固定」という条件が制度関係者に誤解されて認識されている点、この病気では十分に条件を満たしているというお話を聞けたことは大きな成果だったと思います。
最後は浅原氏による「グリーフケア」についてのお話で、「喪失」の悲しみは、「その後」ではなく、「その予感」から始まっており、闘病中のケアへの重要性が語られましたが、いずれにせよ個々の心の問題は、共通した解答やマニュアルは無い課題であるというお話は印象的でした。

その後のパネルディスカッションでは、参議院議員の丸川珠代氏にも加わっていただき、活発な議論が交わされました。
冒頭に、病院によっての公的支援制度への認識にばらつきがあること。闘病中の手続きの困難さが当会会員の経験を交えて語られました。より良い療養環境の実現には経済的な支援が不可欠ですが、現状の制度への認識が各地域によってバラつきがあるために十分な支援が行き渡っていないということ。これが当プロジェクトの大きな課題の一つですが、丸川氏からは、国が強制的に各地方自治体に命令することは実は困難であり、この改善には国民側からの大きな声を上げていただくことが不可欠であるという意味の回答をいただきました。当プロジェクトとしてもこの課題をどう解決していくか今後とも検討を続けたいと思います。

以上のような実に6時間近くに及ぶ、各講演・パネルディスカッションの後、寺島氏による本日のイベントの総括があり、何よりこの大きなイベントが実現できたことが画期的であり意義のあることだという意味のお話をいただきました。
そして委員長による講演者、参加者の皆様、クラウドファンディング等を通じてご協力いただいた後援者の皆様への謝辞と、「天使からの虹色レター」企画のお願い、そして会場全体での写真撮影で幕を閉じました。

現在、主催者側としては、このような大きなイベントが何とか実現できた充足感で一杯ではあります。
しかし、いろいろな課題も残ったシンポジウムだったと思います。今後も皆様から多くのご協力をいただきながら、課題解決に向け、一歩一歩進んでいき、また、今回の皆様とともに作り上げたこの輪を広げて行ければと考えています。

今回ご協力いただいた全ての皆様に心より感謝致します。ありがとうございました。

なお、今回の模様は、動画として後日公開される予定となっております。

2016年10月29日 3時15分00秒 (Sat)

厚生労働大臣に署名提出

厚生労働大臣に署名提出 10月27日(木)、「小児脳幹部グリオーマの会」は塩崎厚生労働大臣と面会し、小児脳幹部グリオーマの治療環境改善のための要望書を提出しました。
 当会会員でもあり、また、自らもがん撲滅を目指す活動団体「トルコキキョウの会」を主宰する高木伸幸さんが、お嬢さんを亡くしたことをきっかけに、三年前に始めた署名活動。折りに触れて当会サイトでもその状況をお伝えしてきましたが、ついにその活動もクライマックスを迎えました。塩崎厚生労働大臣に面会の上、約2万2千名の署名と要望書を添えての直接陳情が実現したのです。これは、前回のブログでもご報告しましたが、菅原洋一さんのコンサートにおいて提出させていただいた、羽生田俊参議院議員(厚生労働委員会委員長、元医師会副会長)のご尽力によるもので、そのご協力のもと、厚生労働大臣に自らの手であらためて直接大臣に手渡すという機会を得たものです。
 羽生田議員、署名にご協力いただいた方々はもとより、この面会実現のために奔走、ご助力いただいたすべての皆様に感謝致します。
「小児脳幹部グリオーマ」という史上最悪の小児がん。その患者家族の声が、戦後の医療行政が始まって以来はじめて国の最高機関のトップに届けられたという事実は、まさに、歴史的な日となったと言ってもよいと思います。それにしても・・今回、高木さんからこの署名活動の構想をお聞きしたときは、これほどまでの結末は全く予想していませんでした。しかし、お嬢さんを失った高木さんの父親としての執念、その思いが周りの多くの人々の心を動かし、大きな渦となっていき、不可能と思われた事が次々に実現していく様は間近で拝見していて、まさに「奇跡」でした。これは、もしかしたら、天国のお嬢さんをはじめ、この病気で・・いや、すべての小児がんで旅立った天使たちの「意志」がそうさせたのかもしれません。いえ、きっとそうなのでしょう。

 我が国の小児のがん医療行政は成人のそれと比べて弱く、なかなか国民一般にも省みられて来ませんでした。もちろん、そのような状況の中でも、これまで多くの強い志を持った先輩の皆さんが様々な活動を通して、ひとつひとつその状況を切り開いていったという足跡は素晴らしく尊いものとして記憶しなければなりません。私たちが当たり前のように享受している小児慢性特定疾病患制度など、当事者の方々の気の遠くなるような努力で実現したものなのです。

 小児脳腫瘍は、白血病なとど比べて世間一般にはまだまだ認知度は低い病気です。しかし、もちろん、現状を変えて行こうという活動はこれまでも連綿と多くの方々によって様々に行なわれて来ましたし、昨今、徐々に状況が動き出しつつあります。
 それらの動きと比べ、今回の要望内容は、私たち小児脳幹部グリオーマ患者家族が闘病中に感じた思いが下敷きとなっているため、特に治療研究の推進と、在宅を含めた終末期医療のあり方についてが中心課題となっています。現在、もうひとつの大きな問題としてある「晩期合併症」については明確には盛り込まれていません。その是非はあるかと思います。しかし、おそらく、今回の活動がここまで広がりを見せたのは、「不治の病」という側面があったからだということは否定できません。その点を強く押し出し、いわば、一点突破したと言ってもいいと思います。
 私たちはまず、何よりもこの病気のインパクトを通じ、がん医療行政の側に、そして広く国民に小児脳腫瘍という疾患の認知を広げたいと考えます。そして、治療研究の推進という点では、もちろん、晩期障害が起きない治療法の開発も期待したいですし、さらに「治療法がない、小児脳幹部グリオーマ、この病気の研究が進み、治る日がくると言うことは、ガン全体の撲滅にも繋がる可能性があること・・」この高木さんの言葉に希望を持ちたいです。そして、なによりこれをきっかけとして、晩期障害、それに伴う就労問題等々も含め、今、患者・家族に現実に起きている医療的・社会的な様々な問題点の解決に関して、多くの人々が真剣に目を向け耳を傾け、取り組んでもらえる様な方向を目指していけたらと考えています。今回の動きがそうした議論の突破口となればと思います。

・・・そう・・先ほど、クライマックスと書きましたが、これは実はスタートラインに立ったに過ぎません。

 今回の発起人の高木さんもそれは明確に意識しています。闘いの本番はこれからです。

2016年9月17日 22時27分54秒 (Sat)

菅原洋一さんコンサート

菅原洋一さんコンサート9月11日、歌手、菅原洋一さんのご協力を得て、チャリティーコンサート「愛する子ども達のために」を開催しました。
この催しはNPO法人 スマイルオブキッズが主催するもので、当会も協力という形で参加させていただきました。
収益金は病気の子ども達への様々な支援のために使われる予定です。
このサイトでも何度かお知らせしていますが、菅原洋一さんは、一昨年、最愛の高校生の御孫さんを小児脳幹部グリオーマで亡くされました。そのご経験から、病気と闘う子ども達のために歌うというこのチャリティーコンサートの企画に、進んで賛同してくださり、今回のコンサートが実現しました。
一方、当会会員であり、自ら小児がん撲滅を目的とする団体「トルコキキョウの会」を主催する掲示板ハンドルネームのぶちんさんこと高木伸幸さんが、お子さんを亡くされた経験をもとに始められた署名運動。当会掲示板でもお知らせし、ご賛同を募って来ましたが、昨年2万筆が集まりました。それをもとに、国の行政ならびに国会議員への陳情活動を当会としても協力させていただき、行なってきましたが、ついに、その署名を参議院議員 羽生田俊先生に手渡すというセレモニーもコンサートの冒頭に行なうことができました。羽生田先生は、元日本医師会の副会長であり、陳情時にも我々の話を熱心に聞いてくださり、活動への協力を進めていただいている方です。
ここに至るまでの高木さんの熱意と執念、その行動力は本当にすごいものでした。これで終わりではなく、闘いはまだまだ続くのですが、一人の「思い」が様々な人々に伝播していき、大きな力となることを目の当たりにさせていただき、あらためて本当に人間の力って偉大で無限大なんだなと思います。

菅原さんのコンサートは、本当に素晴らしいものでした。80歳という年齢を感じさせない歌声でした。「知りたくないの」や「今日でお別れ」などのヒット曲とともに往年のムード歌謡、ゴットファーザー愛のテーマなどの映画音楽などもおりまぜ、一瞬たりとも退屈させない歌謡音楽エンターテイメントなステージ。また、ピアノ、ペース、アコーディオンというシンプルなバンド演奏が紡ぐ繊細なグルーヴと味わいがこれまた素晴らしい。お孫さんへの思いを込めた「千の風になって」は、数々のシンガーがカバーする中ではベストとも言える歌唱。「花は咲く」の慈愛溢れた歌声に涙し、アンコールのラスト曲、「マイ・ウェイ」はまだまだ自分は歌い続ける・・孫の分まで生き続けるという決意表明ともとれ、どこまでもその芸術の高みに挑み続ける姿には本当に感動させていただきました。重ね重ね素晴らしいコンサートをありがとうございました。

そして、この素晴らしいコンサートを実現された関係者の皆様、本当にお疲れ様でした。
また、何よりもご来場いただいた多くの皆様に心より感謝致します。



2015年11月29日 23時50分02秒 (Sun)

グリーフケア講演会「死から学ぶ1」に行きました。

グリーフケア講演会「死から学ぶ1」に行きました。The Egg Three House 主催 講演会「死から学ぶ1」に参加させていただきました。
大まかにレポートします。

基調講演 奥野滋子氏
湘南中央病院在宅診療部長。教育と臨床の両面で緩和ケアの促進に取り組んでいる経験から様々な臨床事例をお話し下さいました。
昨今「死」に関する関心は高くなっているが、それだけ逆に「死」を実感できない時代であるという認識が前提としてあるのではないかというお話からはじまり、実際の臨床事例をご紹介くださいました。

・事例1 80代の女性。
家族親戚関係は良好、
病気のための激痛で身体が動かなくなる。
きっちりとした性格。いつ行ってもきれいな身だしなみをしている。
なので、いままでできていたことができなくなっていく悔しさ・・・。
三味線のお師匠さんをされていた。
もう一度三味線を持ちたいという希望。
緩和ケアによって痛みを和らげ三味線を持てるまでになった。
目一杯生きたので死に後悔はない。
死ぬ時は自分は方向音痴なので、西の空が真っ赤に染まる夕刻に死にたい。浄土は西にある。
実際、その時刻に他界。
遺族の希望でご遺体の写真を披露。おだやかな顔。
家族曰く素敵な死顔。
この方から学んだのは、末期は痛みをできるだけ緩和することが必要。この処置によって最後に三味線の師匠に戻れた。
多くの人の最後の望みは「いつもの生活にもどる」ことである。
「なんでもない幸せ」は普段なかなか実感できないが、死を身近にすることて普段の生活の尊さを気付く。

・事例2 子どもも死を語りたい。
・脳腫瘍の7歳の男児。
母一人、子ー人の家庭、
手術前日病室を訪れると、母親から明日の手術を延期するかもという話。
先生のお話は、手術なくしては、半年も生きられないが、手術によって意識不明になってしまうリスクも告げられる。
母親の苦悩。子どもにしっかり話をしていない。やはりすべきだろうと・・・。
手術は延期され、母は子に事実を話す。
そこで語られた幼い子どもの驚くべき言葉・・・
「それじゃ、僕は家に帰るよ・・・お母さん、病気になったのが僕で良かったよ。お母さんにはこの病気は耐えられない。僕は大丈夫だから・・・僕で良かったんだ・・・」
自分が病気なのにちゃんと母親へのおもいやりを見せたのです。
・小児病棟に入っていくと、あの子は亡くなったとか、親が悲しい顔をしていたとか、そういうことをよく子どもたち同志で話していることが多い。
やはり、子どもだからとか、分からないからとか、そういったことではなく、子ども自身も知りたがっているし、話したがっているということ。そのことを受け止めて、子どもを除外せず仲間としてきっちり向き合い「死の現場」に入れていくことが必要。

・事例3 大腸がんの女性、既婚、子どもなし、ペットの犬がいる。
病気なんかに負けない。がんとつき合っていく。親より先に死にたくない。生きたい。
自分のことは自分で決めたい。他人に相談してうまくいかないと、その責任はその人になる
そんなことはさせたくない。
・夜眠りたくない。目がさめなくなる恐怖。
こういう患者さんは多い。無理せず夜眠らなくてもいい。不用意な眠剤使用は問題である。
・自分の最期の希望を母だけに話していた。
母親が料理を作る音を隣で聴きながら死にたい・・・。
家に帰り、希望通りの死を迎えた。
・本人が死を必ずしも受け入れなければならないことはない。
受け入れることが良くて、受け入れられないのが悪ではない。様々である。

・お迎え現象
・亡くなる間際に本人があたかもそこに誰かいるがごとく、話しかけたり、やさしい表情が変わることがある。そういう現象がある。
・60歳の卵巣がんの女性。お迎えは小4の時死別したお母さん。だけど、こちらを向いてくれない。
ある日、穏やかな顔で医療スタッフを迎える。やっとお母さんがこちらを向いてくれた。これでやっと安心していけます。いや、まだまだそんなことは・・・と私たちが言っていると、翌日、容態が急変して亡くなった。
・80代男性、旧制高校時代サッカー部。
末期に、仲間が来ているとつぶやき、どうやらサッカー部の仲間らしい。
家族は、死後、スーツ姿からサッカーのユニフォームに着替えさて旅立たせた。
・こういったお迎え現象が4割を越えているいうことが研究によって分かっている。
誰が来るのかというと、亡くなった近しい人が多い。
これは、生者と死者の共同作業で生まれてくる。時空を越えたお互いの関係性の確認作業だと思う。
存在価値、来世、魂の苦しみ、痛みのケア・・・スピリチュアルケアにとっても役立っている現象かもしれない。

・亡くなった方の遺書
「人生様々なことがある。がんもその一つである。不幸だったが、これによっていろいろ学ばせていただいた。たくさんの愛情をいただき、感謝ということを学んだ。感謝とともに幕を引かせていただいたことを御報告致します。」

・マーガレットニューマンの看護理論のことば
「心の解放は、傷つきやすくなり苦悩を伴うが、苦悩は私たちを前進させてくれる。苦悩を避けることは、より高いレペルへの意識への動きを妨げる。苦悩は私たちに特定の状況への超越の機会を与えてくれる。私たちをおとしめるのは、死や病気ではない。真におとしめる行為は、そういった経験に近づかないことだ。苦悩を避けることで自分の身を守ることは、経験によるより高い次元への拡張の機会を失うことだ・・・必要なことは心を解き放ち、様々な経験、苦悩を認め合うことだ・・」

以上、様々な事例から「死」を巡っての本人や家族の思いを感じられたお話でした。

この奥野氏の講演後、3名の講師の方の10分間のショート講演がありました。
・看護師でがん相談センターの相談員 渡辺美奈氏は、出身地の北海道の雄大な自然の命の営みに思いを馳せながら、末期の患者との自らの交流の経験を話されました。
・子どもたちの心のケアをされているNPOの副理事長 大熊雅士氏は、東日本大震災で被災した子どもたちの心のケアのお話・・・なかなか現地でグリーフケアと言う言葉が理解されなかったというお話。それから、今学校現場で自殺する生徒が増えているというショッキングな報告のあと、子どもたちが「死」を自分の中で受け止めきれない現実があり、学校単位での心のケアの必要性と、実際に行なった全校生徒による「お別れ会」のアイデアを話されました。
・「人のこころに寄り添う葬儀社」を広める活動をされている葬儀社社長の是枝嗣人氏は、これまでの葬儀の経験から、お葬式には様々なグリーフの機会があることをお話くださいました。また、グリーフは単に死別だけではなく、様々な場面でのグリーフがあり得る。そういうところに心を向けた社会のあり方の必要性を話されました。

その後のパネルディスカッションでは、「グリーフ」とは何か?という問題を巡って討論があり、
「人の悲しみはそもそも分からないものである」
「寄り添うことである」
「千の風」の歌のようなもの・・・
などの意見が出されました。
外来語としてのグリーフケアという概念が日本で理解されるのは難しい。
そもそもグリーフとは・・・それが何なのか見つけていくのがこの講演会のテーマであると締めくくられました。

今回、様々な角度から様々なグリーフケアに関してのお話をお聴きすることができ、とても知見が広がった思いです。
他者の人生における決定的な経験を理解してそれに対する支援を行なっていく・・・というのは本当に困難で難しい作業であり、ほとんど不可能と思ってしまいます。
しかし、そういった「悲しみ」というものに対し、専門家の皆様の多様な角度からの試行錯誤の努力が、今まさに始まっているのだなと思いました。

当会としても、そういった仕事と誠実に向き合う、西尾先生とThe Egg Three Houseのスタッフの皆様の活動を今後も応援していきたいと思います。

ボランティア「響」ブログ

1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031

カフェ響通信

1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031

カテゴリー

QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数