ボランティア「響」ブログ

2025年8月30日 3時01分17秒 (Sat)

厚労省へPARTNER試験の参加条件の緩和の特例措置を嘆願

8月28日に、私の地元所沢選出の国会議員で元文部科学大臣の柴山昌彦議員、並びに前回の拡大治験制度改正をお願いしている永岡桂子議員を通じて、厚生労働省に、PARTNER試験におけるDIPG患者の参加条件を変更して生検条件を外す特例措置の迅速な実施をお願いする嘆願書を提出致しました。

img_20250830-031916.jpg面談では、今年お子さんを亡くされたお二人のお母様にもこ同席いただき、そのご経験を語っていただきました。
その痛切なお話には、参加者一同、胸が一杯となりました。

柴山議員も、メモなどとりながら熱心に我々の主張をお聞きくださいました。

柴山議員は、毎年、所沢でのレモネードスタンド活動に来てくださり、活動を励ましていただいておりました。顔馴染みのある議員なので、これまでの同様の請願活動より安心してお話しする事ができました。

ONC201は米国にて薬事承認されましたが、これが日本で認可されるまでの1年間のドラッグラグを埋めるには、この試験への参加しか選択肢はありません。

しかし、生検条件がある限り半分の希望者がそれを断念せざるを得ない現実があります。

もともと、H3 K27M変異は敢えて遺伝子検査をしなくてもDIPG患者の80%以上の確率で発現しているため検査は必要ありません。

そもそも大事なのは、データなのか、子どもの生命なのか?
この問題を厚労省に問いたい。これは、おそらく多くのご家族が抱く思いだと考え、この嘆願書には、その思いを込めました。

 

しかし、一方で、国立がん研究センターが、この参加条件を課している理由は、少し別のところにあります。

それは、一刻も早いOP-10の国内承認を目指すということです。

被験者の条件を揃え、そこで薬の効果が証明されることなしに、日本での承認は困難です。
 

DIPG患者の救命とOP-10の国内承認という二つを満たすのは、なかなか困難で、どちらかに比重を置かざるを得ません。

 

また、これまでのフェーズ1、2のデータから国内承認は可能なのかもしれないが、最も恐れるのは、承認後の使用に遺伝子変異の証明という条件がついてしまうことです。

この点だけは私たちとしては阻止しなければならないと考えています。

そのためにも、一度厳密な基準によるデータ収集により効果の証明が必要という側面があります。

 

これは、身が引き裂かれるような話です。

 

よって、私たちが期待するのは、嘆願書により厚労省上層部がDIPGという病気、そしてOP-10という薬の存在と、現在の患者の苦悩を共有し、強く意識していただくことで、一刻も早い国内承認に持っていければと考えております。

 

皆様のご理解をよろしくお願いします。

 


2025年6月15日 0時26分44秒 (Sun)

全国一斉レモネードスタンド2025

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2025年 6月14日(土)、恒例の全国一斉レモネードスタンド2025をグランエミオ所沢にて開催しました
 

配布数223本

募金合計 134,338円
経費合計   33,752円

募金収益 100,586円

 

3時間で223本の配布は、これまでの新記録であり、参加者の皆様のご協力のお陰です。

参加者15名の大所帯で参加することができました。(CSNJ理事6名、公募ボランティア9名)

今回は公募による多くのボランティアの皆様にご協力いただきました。お陰で力強い発信ができたと思います。

今年、新しい駅ビルもオープンし、人通りも多くなっている事がよく反映された結果かと思います。

CSNJ設立に間に合ったため、公式パンフレット配布、CSNロゴフラッグの掲示など、全面的に新団体をPRできる場となり良かったです。

お子様を亡くして間もない方のボランティア参加もありましたが、疎遠になりがちなお子様の友だちのご家族などにも、思い切って声をかけられ、来ていただくことができた。何となくモヤモヤが晴れたとの声もありました。

この様なリアルなイベントの場は、単なる募金集めだけではなく、そういった出会いや思わぬ化学反応を期待できる所にも大きな意味があります。

啓発イベントとしては、金額だけではなく、どうやったら、道行く人々の関心をもっと引けるかなど、今後、ちゃんと研究していく余地があると思いますので、今回の経験を生かして、工夫を重ねたいと考えています。


2025年6月1日 23時31分10秒 (Sun)

グリーフオンライン懇親会

—— それでも、話したいことがあります。

 

子どもを亡くした親同士が集まるグリーフ懇親会は、いつも静かな雰囲気の中で始まります。

最初は、誰もが何を話してよいのか迷いながら、ただそこに“いる”ことから始めています。

けれども、一人がそっと語り出すと、その言葉が空気をゆるやかに変えていきます。

 

「もう40年も経ったんです。でも、“なぜうちの子が亡くなったのか”という問いだけは、今も消えていません。」img_20250601-233706.jpg

 

そう語った方の言葉に、皆が深くうなずいていました。

どれだけ時間が経っても、心の奥底にある問いが癒えることはなく、喪失とは「終わるもの」ではなく、「共に生きていくもの」なのだということを、あらためて感じる瞬間でした。

 

社会復帰の難しさについても、さまざまなお話がありました。

久しぶりに職場に戻る際、誰に何をどこまで話すべきか、黙っているべきか——

「みんなが知っている中で、知らない人がいるのがつらかった」

「むしろ皆に知っていてもらえた方が楽だったかもしれない」といった声も聞かれました。

 

中には、「自分たちが気を使うのではなく、むしろ周囲が気を使ってくれたらいい」と話す方もいらっしゃいました。

「だからこそ、もっと話していいのだと思います」と、前向きな気持ちを語ってくださいました。

 

日常の中でそっとお子さんの存在を伝える工夫も紹介されました。

「推し活バッグ」に子どもの写真を忍ばせて出かけているという方は、「誰かが気づいてくれたら、そこから自然に子どもの話ができるのが嬉しい」と話されていました。

 

また、同じ経験を持つ方の本を読んで「自分だけじゃないと思えて救われた」という声もありました。

 

一方で、「いろいろ頑張っているつもりでも、やはり悲しみは大きい」と語られる方もおり、感情の波に揺さぶられる「揺れ戻し」のような感覚についても共有されました。

 

「自分の中の“暗黒面”と向き合う時間がある」と話された方もいらっしゃいました。

その言葉には、悲しみを否定せずに受け止め、誠実に生きようとする強い意志が感じられました。

 

そして、今回の会で多く聞かれたのは「愚痴を言い合える場所が必要です」という声でした。

「頑張らなくていい」「ただつらいと話してもよい」——

そんな場があることが、グリーフにおける本当の意味での“癒し”につながるのだと感じました。

 

会の終わりには、「こうした懇親会を定期的に開催してほしい」というご希望も複数寄せられました。

一度きりではなく、継続してこのような場があれば、自分の気持ちを少しずつ言葉にしていけるかもしれないという期待が感じられました。

 

喪失の深さは言葉で測ることはできません。

けれど、語ることによって生まれる共感やつながり、そして誰かに想いを受け取ってもらえるという経験が、たしかな“支え”になるのだと思います。


2025年5月1日 22時47分47秒 (Thu)

国立がん研究センターの「PARTNER試験」でOP-10募集開始

昨年、米国の製薬企業による画期的な神経膠腫治療薬「ONC201」の国際共同治験フェーズ3から、日本のDIPG(びまん性橋神経膠腫)患者が除外されました。それを受け、ご家族や関係者が団結し、「何とかこの薬を使用できないか」との強い思いから、米国ですでに実施されている「人道的拡大治験(Expanded Access)」の日本での実現を模索し、2023年10月より闘病中のご家族と共に取り組んでまいりました。

しかし、DIPGの平均余命はわずか1年。日本の制度では、この短期間で新たな臨床試験を立ち上げることは極めて困難です。行き詰まりかけたそのとき、手を差し伸べてくださったのが国立がんセンターでした。

同センターでは「PARTNER試験」という患者申出療養の枠組みを用いた薬剤試験が進行しており、ONC201もその対象に加えられる可能性が示されました。治験薬の提供さえあれば、最短2ヶ月での開始も可能という希望が見えてきたのです。

とはいえ、米国の製薬企業はこれまで、日本独自の研究を容易には認めてこなかった実情もあります。「果たして許可が下りるのか?」という不安の中、他の選択肢がない私たちは、前へ進むしかありませんでした。

それからの半年は、まるで3年にも感じられるほどの長い道のりでした。そして残念ながら、その間に多くの子どもたちがこの試験の開始を前に旅立ってしまいました。この事実を、私たちは決して忘れてはなりません。

それでも、数々の困難を乗り越え、ついにこの試験は実現に至りました。この間、声を上げ続けた患者ご家族の皆様、そしてその声に応えて尽力してくださった国立がんセンター関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。

ONC201は、決して「万能薬」ではありません。効果には限りがあり、さらなる研究が必要です。しかし、これまで治療法がほとんど存在しなかったDIPGに対し、希望を与える新たな一歩であることは間違いありません。米国では早ければ今年8月の早期承認が申請されており、日本でもそれを受けて迅速な薬事承認が期待されています。

DIPGという病に対し、「治療法が何もない不治の病」という絶望のトンネルから、ようやく一筋の光を見出すことができました。

今後もこの動きを見守り、ONC201を超える新たな治療薬の開発と研究が日本でも加速されることを願いながら、自分にできることを考え、行動していきたいと思います。

2024年12月5日 21時49分24秒 (Thu)

永岡桂子衆議院議員と面談

ONC201の国際共同治験フェーズ3に於ける「DIPG除外問題」について、これまでその対応策を様々に考えて来ました。闘病当事者であるお父様の主張である「人道的拡大治験」をもっと充実した利用しやすい形に変えていくこと。そして、何よりも今、現在、闘病を頑張っている子どもたちへ一刻も早くONC201を届けること。また、2016年の2万3千筆の署名活動に於けるメインの主張である「DIPG治療研究の推進」。これらの課題の解決に向けた方策を考えるべく、12月4日(水)、前文部科学大臣 永岡桂子衆議院議員を訪問し、その要望書を提出させていただきました。

 

永岡議員は、今年の初めに、お子様が闘病中のお母様の悲痛なSOSの声を受け、それに応答していただいた事がきっかけとなり、私たちとの繋がりができました。そのお子様は、残念ながら天使の国のお一人となりましたが、最期まで誇り高く頑張ったお嬢様のつなげた縁を未来を生きるために今、闘病されている子どもたちのために約立てられたら‥‥というお母様のお気持ちを、今回の訪問に際し、メッセージの形にして、面談の冒頭に永岡議員にご覧になっていただきました。議員は非常に感慨深く読まれたご様子でした。
 

面談は、総勢7名で行かせていただきました。そのメンバーの中には、拡大治験改正を訴える闘病当事者のお父様にも参加いただき、平穏な生活全てをひっくり繰り返す、正に今、ご体験されているDIPGという病気のあまりの理不尽さ残酷さ、また、それに対応しきれない国の制度の脆弱さを指摘いただきました。患者家族の切迫したご意見に、議員を含めた参加者一同、背筋が伸びる思いがしました。
 

この面談には、永岡議員のご厚意で、厚労省の関係各部署の職員も4名ほど参加され、私からのに対して「これ、どうしたらいいと思う?」「急いでやらないといけないよね」と、議員が職員に質問しながらの話し合いとなりました。職員の意見として多くは「指摘された制度上の問題は承知しました。検討して参ります。」といったそつの無い回答でしたが、しかし現段階では、誠実な回答に聞こえました。問題の正確な把握こそ改正への第一歩と思うからです。

また、要望には、2016年の23,000筆の署名と共に提出した「2016年の要望書」のメインの主張であった「DIPGの治療研究推進」に関し、世界がDIPG研究に力を入れ始めている。日本も今こそ開始してくださいというお願いもしました。

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また、今現在、闘病を頑張っていらっしゃる子どもたちへの救命的措置を実現するためのプランも動き出しております。そこへの慎重なご配慮も説明させていただき、ご協力を約束してくださいました。

今回、このような機会をくださった永岡議員、そして多くの皆様の要望書への賛同のご声援に深く感謝すると共に、私たちも今後、広く国民へのDIPGの啓発活動、そして何といっても研究を進めるための更なる請願活動や資金作りのための募金活動等、できる事を頑張って行きたいと思います。


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