カフェ響通信

2014年8月9日 1時20分31秒 (Sat)

7月のカフェ響

7月のカフェ響画像 日時:7月5日(土)11時30分〜
参加者:大人6人、子ども3人
場所:上野

7月のカフェ響は、土曜日の開催ということで、小学生のお子さん3人も交えて上野公園内のレストランで行いました。
子どもたちは何度か顔を合わせたことがあるのでお互いに気心もしれていて、大人も子どもも和気あいあいとした雰囲気のなかでの楽しいカフェとなりました。

今回も話の内容は多方面に及びましたが、7月中に西尾先生のグリーフケアキャンプに参加される予定のご家族が何組か来ていたこともあり、自然ときょうだいケアの話にもなりました。
私の次男はまだ4歳で、兄が小児脳幹部グリオーマで亡くなった時には2歳半でした。そのため、私も次男に兄の死をうまく伝えることができず、「お兄ちゃんはお空にいるよ」と曖昧なまま今まで過ごしてきましたが、いろいろな知識が増えてきたなかで、幼いながらに疑問に感じていることも多いようです。

そうした時にどう対応したらいいのか・・・。そこに明確な正解はありませんが、カフェに参加されている方々の話を聞いたり、自分自身が悩みや不安を語っていくことで、少しずつ心や頭が整理され、“次男に今度こういうことを聞かれたら、こう答えよう”などと自分なりの答えが見えてくることもあります。
周囲に相談できるような内容ではないので、同じ経験をした者同士でのこうした語らいの場にとても助けられています。

また、上野公園内の不忍池(しのばずのいけ)が蓮の花の見ごろだということで、カフェ終了後に参加者全員で蓮の花を見に行きました。
この日はまだ満開とまではいきませんでしたが、池にびっしりと生えた葉の上に、美しく鮮桃色に色づいた蓮の花がちらほらと見えました。
ふと、蓮は仏教ではシンボルとして使われていることを思い出し、何故なのか知りたくなって帰宅後に調べてみました。
諸説あるようですが、ひとつに蓮が泥水の上に咲くことに理由があるようです。
「泥中の蓮」の諺が示すように、蓮は泥水で成育しますが、しかし、けっして泥に汚されることなく美しい大輪の花を咲かせます。
その清廉な姿から、汚れた俗世にあっても、清らかな心で悟りにいたるようにとの教えがあるようでした。

これを私の人生に当てはめてみました。最愛の子どもを亡くした今の状況は、混濁した泥のなかで、身動きも取れずにもがき苦しんでいるようなものだからです。
私自身はこの現実を素直に受け入れ、悟りにいたる気持ちにはなかなかたどり着けそうにありません。
ですが、この泥水がやがて私の養分となり、こういう思いを経験した者でしか咲かせられない花が開花する日もくるかもしれない、と思いました。
それまでには長い時間がかかるでしょうが、この会で知り合った方たちと共に歩みを進めながら、いつかそれぞれが各々の味わいある花を咲かせられたらいいなと考えた一日でした。

はっぱ


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