ボランティア「響」ブログ

2015年9月10日 1時22分45秒 (Thu)

グリーフケアキャンプ

グリーフケアキャンプ画像 心理士・西尾温文先生が主催する eeg tree house のグリーフケアキャンプに参加してきました。
今年はAの7月25日〜27日とBの8月22日〜24日の新潟県湯沢にあるたまごの家で2回行われ
私は初参加でAとBの両方を次男と行って来ました。
Aの方は参加者が少ない為かのんびりする時間もたくさんあり、初めてお会いするご家族ともゆっくりお話しする事
ができました。

Bの方は私の急な参加の申し出も西尾先生は快く受け入れてくださりありがとうございました。
定員数に近い20名ほどいましたが、ほぼうちの会の参加ということもあり修学旅行の気分でした。
A、Bとも2泊3日の昼食以外は全てたまごの家の敷地にかまどをセッティングして大人と子供班に分かれて食事を作りました。
Bの方は3日間とも雨に見舞われカッパを着ての食事作りでしたが、自然の中で時間を気にせず同じ悲しみをもった者同士
過ごせたことは私と次男にとっても今年の夏の良い経験になりました。

夜はリビングで大人の参加者で飲み会が始まり大変盛り上がり、この時間もグリーフケアになりました。
その他夜は、たまごの時間というのがあり大人は2日間、子供は1日行われました。
1日目は亡くなった人の思い出の物を持って行きそれについて一人ずつ話していきました。
2日目は亡くなった人に語りかける・・・というのがありました。
どちらとも話す順番は決まっていなくて、話したい人が自分の間で話していくのですが、私はこのし〜んとした「間」がすごく嫌でした。
これもまた西尾先生のやり方なのでしょうが、私としてはどちらか1日でいいような気もしました。

子供が亡くなり7年以上経ちますが子供が居ないのは事実で変えようもないのですが「子供が死んだ・・・」ことは考えないように
毎日生きていますが、子供の死とちゃんと向き合い話すのはとても辛く・・・ここまできてしまいました。
だけどこうして向き合うことも前に進むのには必要なのかもしれません。
A,B参加して思ったことは、毎日の生活の中で子供がどこにもいない・・・辛さが自分だけのような気がして心落ちたりも日々
ありますがこうして同じ悲しみをもった者同士、自然の中で世間話しをしたりすることだけでもグリーフケアになっているんだと
思いました。
笑顔の中に深い悲しみがあり、その悲しみが話さなくてもわかってもらえる・・・これだけでもすごくグリーフケアになっていると思います。

A、Bの6日間のキャンプ、新たな出会いもあり内容の濃いグリーフケアキャンプにできたこと、西尾先生をはじめファシリテーターの方に
感謝です、ありがとうございました。

なおとも

2015年8月1日 21時48分36秒 (Sat)

アボ・・アドボカシーとは?

膵臓がん患者支援団体パンキャンジャパンが主催する、難治性がん研究アドボカシーリーダーシップトレーニングというイベントに参加する機会を得ました。
これは全国の難治性がん患者団体が参加し、自分たちの要求を国へ届けるにはどうすればいいのかを考えるセミナーで、アドボカシーっていうのは、政策提言とかいう意味で、恥ずかしながら、こんな言葉初めて知りました。
パンキャンアメリカ本部を仕切る若き女性CEOジュリーさんが発表されたアメリカでの難治性がん支援活動の軌跡は、まさにアメリカらしいポジティブシンキングな思考で、みんなで力を合わせればできないことなどないのだ!! という励ましに満ちていました。アメリカ全土の難治性がんのいろいろな患者団体を一点のメッセージと目標のもとに集結させて、ホワイトハウスに攻め込む作戦で難治性がんの治療研究費を一気に5倍にしたということですが、この裏ではかなり叡智をフル回転させた地道な議員一人一人へのロビー活動等があったのだと思います。
翻って、この日本でそんなアメリカンドリームみたいなことが可能なのかどうなのか。
アメリカに比べてはるかに小さい規模の患者支援団体が数多く存在していますが、これを束ねることなどできるのでしょうか。小さいものがたくさんというのは効率的にどうなのかと、私もはじめは思っていましたが、病態も治療も悩みもそれぞれ違うので疾患の数だけ団体ができてしまうのは自然の流れではあります。でも、個々に物を言ってもかき消されてしまうでしょう。何か一致できるテーマを見つけその点で団結できたら政府に届くかもしれません。
また、それだけをいきなりではなく、国側、役所側とも何かことあるごとに機会を見つけて接点を持ち、いわゆるコネクションを作って潜り込む努力も密かにしておくべきでしょう。
今回の講演では役所出身の方のお話もありましたが、この国の行政の縦割りはひどいもので、なかなか各省庁の既得権益を保守するため、新しいことをすることに対する官僚の抵抗もすごいことを知りました。
おそらく、一度や二度の陳情では何も変わらないでしょう。しかし、とにかく声を出し続けることは必要だし、また、我々ができるのはそれしかありません。
そういう意味でも常に前を向き自己を主張するアメリカンなノリ・・・フィーリング・・これも必要なのかもですね。

2015年7月7日 1時13分54秒 (Tue)

「小児がん患者の闘病と家族の体験や思いについて」を講演しました。

「小児がん患者の闘病と家族の体験や思いについて」を講演しました。画像 6月19日(金)

神奈川県立保険福祉大学の社会福祉科、看護科の学生さんたちの授業で、小児脳幹部グリオーマのこどもを亡くした母親3名(まき、いくこ、aoko)でお話しする機会をいただきました。
話すことも慣れない私たちでしたが、事前に資料をまとめ、打ち合わせをし、闘病を思い返し涙しながらも準備を進めてきました。
話す前にはしっかり話せるだろうか、想いが伝わるだろうか、との不安もありましたが、当日は学生さんたちがとても真剣に聞いてくれる姿勢に心を打たれました。
時には思いが込み上げてしまい言葉をつまらせながらでしたが、それぞれの立場から闘病やとりまく環境、家族や周りの人の想い、絆、病院や役所の対応の違い、関わってくれた専門職の方々とのエピソード、それぞれが関わる患者会や活動、専門職に求める想いなどをお話しさせてもらいました。

終わって数日たち、学生さんたちからの感想が届き読ませていただくと、ぎっしりつまったその内容に私たちは改めて話したことの意義について考えました。
リアクションペーパーより…
○今後自分達が医療に関わっていく上でどのように患者、または家族と向き合っていくのがいいか、専門職として働く上での意欲
○こどもたちの闘病の様子(経験はしていないけれど)痛いほど伝わり、患児や家族のことを思い、心が苦しくなった
また、一方で家族の絆を感じた
○仕事としてではなく患者、家族に心から寄り添える医療者になりたい
○きょうだいたちの心のケアもしてあげたい、患児ももちろんだが、きょうだいにも視点をあてたい
○死生観について
学生さんたちからは、
病気の名前さえ知らなかった、聞いてみないとわからないことばかりかだった、こどもたちがこんなに過酷な、でも、その中にも家族で幸せの時間があるひとときをすごしていることを知った

との声もあり、小児の難病に関わる課題が多様であること、闘病をとりまく様々な現状を声に出して伝えていくことが大切だと感じました。

大学の先生方を始め、授業を聞いてくれた学生さんたちに感謝しています。
そして改めて、こどもたちがくれた繋がりやご縁に感謝すると共に、少しでも現状が伝わり心身ともにぎりぎりのところで現在も頑張っているこどもたちや家族にとって、地域や病院による環境の違いなく、厳しい闘病の中でも必要である充実したサポートが受けられるようになることを願っています。


aoko

2015年5月29日 2時16分10秒 (Fri)

西尾温文氏大阪講演会を開催しました。

西尾温文氏大阪講演会を開催しました。画像 西尾温文氏関西講演会
「子どもを亡くした親のグリーフケア」
〜パパとママの気持ちの違いと、心の移り変わり〜

5月16日(土)、昨年、11月の「子どもたちのグリーフケア」に続く西尾温文先生によるグリーフケア講演会を、大阪のアフラックペアレンツハウスのセミナールームに場所を移して行いました。13名の方のご参加を得て、響メンバーも合わせ、30名前後での聴講となりました。 今回のテーマは子どもとの死別に際しての男女・・すなわち夫婦の気持ちの違いについてです。 子どもの闘病、そして死別という経験を父親と母親はどう認識し、お互いをどう考えているのか。すれ違うそれぞれの思いを理解するには何が必要なのか・・・。 今回の西尾先生の講演は、40分のお話の中にグリーフケアという範疇にとどまらない深い意味を含んだものになりました。内容は多岐にわたっていましたが、聴講したチーム響のメンバーそれぞれの感想を記します。

●boroのレポート

○パフォーマンス
まず、お話の冒頭、聴講者を立たせ二人組になって向かい合って双方の手を合わせ、片方が目を閉じて、目を空いている者が手を動かし、その手の動きに合わせて片方が付いて行く・・・というパフォーマンスを全員が行いました。この意味は・・・「触れる」ということ。触れ合った手の感触や体温を感じながら相手を思いやりながら触れ合うということ・・・。このテーマが本講演の基調となっていたように思います。

○子どもを亡くした親の悲嘆の特徴
すべての元になるのは「子どもは元気に成長するという仮定の崩壊」です。 この仮定の崩壊の衝撃が親としての役割、夫婦関係、家族関係や個々の精神に影響を及ぼします。 自責の念から鬱になったり、そこから逃げようとして他者に責任を転嫁したりということが現れます。 私自身、子どもが親よりも早く天国に行くことなど、想像できませんでした。 それは、闘病末期を経て実際に息を引き取る瞬間まで信じられない事実です。

○欧米の研究、子どもを亡くした母親の反応より
・亡くなった子どもを探したいという強い気持ちを経験する。
これは個人的にも本当によく分かる衝動の指摘です。幽霊でも何でもいいから我が子の姿をもう一度見たい・・探したいといつも思っています。

○死別の理由
子どもとの予期しない死別の理由を挙げる問題が出されました。 事故、殺人、地震、火事、自死・・・そしてもう一つ「戦争」というのが正解でした。 この戦争は日本人ではなかなか思い当たらない答えです。ある意味ショックでした。すべての前提となる平和に感謝です。

○男女のずれ
本講演のテーマである夫と妻の考えのずれの問題・・・これは先生の実体験に基づくお話となりました。 ・子どもを亡くしてから17年、先生と奥様がどんな心中であったかというのを一言で表す言葉が「孤独」です。 亡くしてからも家族の生活は続いていたわけですが、一緒に暮らしていても、それぞれ「孤独」を内面に抱え続けていたというお話は痛切で、共感してしまいました。
・闘病、そして死別という仮定で噴出する夫婦の考えの齟齬は、実は子どものこと自体が原因ではなく、その以前からあった夫婦の問題が、病気をきっかけに表に出たものであり、問題の本質は子どもの病気・死別とまた別の所にあるということ。
・先生の経験として、母親も働き経済を支えていた面があるので、子どもに付き添いたいという希望を十分に果たしてあげられなかったのが後悔としてある。 これは、多くの一般的な家庭では逆の事態となり、父親がお子さんに付き添っていられない社会的な立場があり、そこから母親だけに任せっきりという所から来る夫婦の問題も立ち上がってくると思いました。

○草野心平の詩
草野心平は、福島県いわき市出身の詩人です。「蛙の詩人」と言われるほど、蛙に関した詩を多く残しています。 その中から「エレジー」という詩を朗読してくださいました。

・このブログで読めます。一番下の詩「エレジー」です。
//guweiliang.blog.fc2blog.us/page-5.html

・詩に関してはここも参考になります。
//penguin-pete.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-1050.html

この詩の解釈はいろいろあるでしょう。 私は性と生と死・・のようなものを強烈に感じました。
多くの者が愛し合い、生まれ、そして突然多くが死んで行く・・・、生きるということの厳しさ理不尽さと、そこから逆に立ち現れる生の眩しさ、素晴らしさの強烈な光をこの詩から感じました。 この諦観的な世界は、私たちのような経験をした者には一層理解できるのではないでしょうか。 他の詩も読みたくなりました。
○野口三千三の言葉
野口三千三は、先生が学生時代から通っているという野口体操というトレーニングの創始者です。

・参考サイト
//ja.wikipedia.org/wiki/野口体操

//www.noguchi-taisou.jp

先生が敬愛する野口先生の言葉の引用、これは本講演の結論とも言えます。
・豊かさとは、「ちょっと・少し・わずか・かすか・ほのか・ささやか・こまやか・・・」 というようなことを「さやか」に感じる能力から生まれる
・「さわやか(爽)」という感じを持つ事ができる状態を「しあわせ(幸)」という。 「さわやか」とは六十兆の細胞の「風通しがいい」ことである
ほんの少しのささやかなものごとにこそ価値があり、幸福がある。そのことへの感受性を高めようということでしょうか。 喪失したがゆえに、私たちは、ごく普通の日常の素晴らしさを嫌というほど知りました。 しかし、そこから直に絶望とかネガティブなモードに入る前に、そんな中にもささやかな希望を感じることができる感性を得たいものです。
「さわやか」とは六十兆の細胞の「風通しがいい」ことである・・・素晴らしい表現ですよねー。

○夫婦としてできること
・触れること ・寄り添うこと そして、最後に冒頭の「触れる」ということに還って行きます。 「触れる」・・・掴むとかではなく、そっと寄り添い触れること・・言い争うのではなく話を聞くこと、そばにいてあげる事・・こわばりをほぐすこと・・・そういった「ささやかな」お互いの思いやり・・分かってはいてもその距離感がとても難しいのですが。 そのためにも「さわやか」な感性が必要なのでしょう。

以上、取りこぼしている事項もありますが、印象的だったものを挙げました。 先生はこれらのお話を通じて何を伝えたかったのでしょうか。 結構難しいお話でした。しかし、私個人的には、ご自身も含め、やはりこういう経験をしてしまった後も人は生きていくものだ、ということ。 グリーフケアの知識もさることながら、たとえ孤独でも我々にも生きて行く方法はあるのだ、生きなさいという励ましと、そのヒントの一端を与えられたような気がしています。

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■キラキラさんのレポート

@グリーフの定義
重要な他者との別れは苦痛を伴う体験であり、悲嘆(grief)はこのような苦悩による心理的反応である。

A 保護者のグリーフケア ・タイプによりリスクは違う。
・死別のタイプ…事故、殺人、地震、火事の災害、自死、戦争。
・子どもが事故死、がんで亡くなった場合の比較…より強い悲嘆、鬱的、自責の念を抱くのは事故死。
・予期悲嘆は軽くならない。 ・本来、ほっといてもスクスク育つ。と思っていた事が崩れる。
・家族として、夫婦としてきつい状態になる。
・泣くこと=悲しみの感情を出せる。
・人の生きる基本(先生の考え)性、食、働、休の4つ。抑うつの方にはこの4つを聞く。子供を亡くした時はこれらがうまくいかなくなる。

B夫と妻のずれ
・家の中ではお互いに自分の事で精一杯、全てを理解するのは難しいのでグリーフケアの場が必要。
・相手の哀しみはどうこうできない。
・聞いてあげること。
・黙ってそこにいてあげること。

2部の最後に先生が述べてた内容
一般的に 母(女性)は情緒的。病気の事よりも我が子と一緒にいたい。 感情を読み取ることができる。 父(男性)は理屈的。病気について詳しく知ろうとする。感情を読み取るのは下手 ・お互いの支え方は様々、 相手の足りないところを支え尊重していくことが大事 ・病気によって夫婦関係が崩れる事はあるが、それは病気が引き金となるだけで、元々のパートナーシップに問題がある

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■まきさんのレポート

死因に『戦争』が浮かばない日本に生まれたこと。誇りに思います。。 わたし的には先生の実際の体験談が印象に残っています。 たまごの時間では、ご自分の経験を話されることがほとんどなかったので。 何か病因を探してしまう。 どの家族も同じような経験あると思います。 そして、夫婦の考えの違い。私達のような闘病経験なくても、永遠の課題ですね!

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■PAOさんのレポート

最初のパフォーマンスを、後からじっくり意味を考えてみました。
「夫婦とは言え、他人。他人の意思に寄り添うにはどうしたら良いか?それは、全身全霊で受け入れること、与えるものでない。また、そうしてほしいと訴えるものではない。ただ、相手を尊重し寄り添うだけだ」 という、深い意味があったように感じます。
まず、目を閉じた相手の手のひらと、自分の手のひらを合わせます、自分は左右、上下、斜め、円、自由に動かします。 相手は、その動きを手のひらから感じ、その動きにゆだねながら、手を動かします。 ここでのポイントは、いかに自分の意図を押し殺して、相手の事を考えて動かすか?です、 目を閉じた方も、自分の意図を押し殺して、相手の意思に答えます、 ここに、講演会の最大の答えが詰まっていたように感じます。 単純なゲームを通し、先生が伝えたかった事、理解した気がします。

また、詩について、 私の普段やってる事と同じだなーと思いながら聞いていました。
娘は居ないけど、今きっと笑ったなあ、今きっと誉めてくれたなあー。 そんな風に、日常のふとした風景、風、太陽、星、雨、 しんどい雨ですら、「私が花に水を上げ忘れたから、雨を降らせてくれたんだ」 台風でさえも「風邪が流行ってるから、乾燥しすぎを止める為に大量の雨を降らせてくれたんだ」「今日は疲れているから、家に居なさいって言ってるのだ」 この蛙さんのように、何かに付けて 娘の贈り物だと感じています、 私はそう詩を感じました。

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■はるこさんレポート

「触れる」のレクチャーで、感じたのは 紙一重 みたいな、薄〜い神を二人の掌に挟んでいて落とさないように相手の動きを感じ取る というように思いました。つまり、感情にもふみこむのも紙一重なんですよね。 その紙一重を介入しすぎず、感じ取ること。 夫婦間で、それができるように心のを磨きなさいって言われたように受け止めもした。
講演会の感想としては私も先生としてのお話ではなく、同じ経験をされた方のお話として納得のいくものでした。17年経って奥様と一緒に振り返りをされ出た言葉が孤独であった‥とのこと。 そして17年も経って初めて振り返りをされたこと。
ああ、これでいいんだと思いました。自分の今後の歩みの先を少し示していただいた、そんな気持ちになりました。 孤独でいいんだ。17年経っても同じなんだ。そう思うことが私にとってのグリーフケアになりました。
やはり、同じ経験をしたものが今の自分の気持ちを共有してもらう事が大切だと改めて感じました。
それから男女のちがい。 女は感情、男は理屈って言われて納得でした。 所詮、別の生き物であり、男性は悲しすぎて、この事に向き合えないこともあり、だから仏壇に手を合わさなかったり、子供の話をさけたり、ママに優しい言葉をかけるより、触れないほうがいいと思っているのかもしれない。 「ほほぅ〜」と思いました。 ママは思い出話をしたい、ああすれば良かった、こうしたら良かったと考えを口にしたがる。・・・そんな2部の意見が参考になりました。

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このように実に様々な感想が飛び交いました。
ひとつ言えるのは、これは先生ご自身も経験者だからこそ成立した講演内容だったということとです。 前回の子どもの気持ちと違って、今回はご自身そのものをさらけ出していた感じもします。 ですから、ある意味重く、噛み砕くのは難しいところもあったかもしれません。 でも、いつかどこかの場面でいろいろなことを反芻できる内容だったと思います。 それは、グリーフケア研究者の発表とはまた違うグリーフへのアプローチであり、「本当の言葉」の数々だったと思うのです。

お忙しいなか、大阪のみならず、近県からもお越しいただき、参加者の皆様ありがとうございました。心より御礼申し上げます。
そして、一日おつきあいいただいた西尾先生に感謝いたします。
少ない人数で開催運営となった関西・中部スタッフご苦労様でした。
当会としても関西での活動をもっと活性化したいと思っております。今後も会員の皆様のご協力をいただければと思います。

2015年5月3日 12時45分35秒 (Sun)

ゴールドリボンウォーキング2015に参加しました。

ゴールドリボンウォーキング2015に参加しました。画像 4月25日(土)、ゴールドリボンネットワーク主催の「ゴールドリボンウォーキング2015」に当会メンバー20名が参加しました。
幸い絶好のお天気となり、日比谷公園から皇居周辺を楽しく散策しながら歩くことができました。
前回、患者会ブースでお留守番だった私(boro)も、今回はウォーキングに参加、休日の都会の朝って気持ちがいいですねー。
皇居って、よく考えたらほとんどちゃんと見るのははじめてでした。大きな石垣とお堀に映る緑が印象的でした。
皇居を出ると有楽町周辺のビル街や商業地域に入ります。平日のビジネス街のギスギスした雰囲気とは違って、道行く人皆さんまったりとした印象、有楽町駅前のお洒落なレストランのランチタイムを横目に歩き続け、無事ゴールしました。
当会ののぶちんさんは、見事に一位でゴール。さすがスポーツマンです。子どもたちも頑張りましたね。
これは、小児がんの啓蒙・啓発イベントなのですが、私たちにとっては、グリーフというまた別の意味合いがあります。ウォーキングの最中、それぞれのお子さんの事を思い浮かべなかった方はいないでしょう。
そういった意味でもこういう機会を提供して下さってるゴールドリボン様には感謝致します。
その後、ステージでより子さんの歌に涙し、マーチングバンドを鑑賞して2時頃終了しました。そのあと希望者は打ち上げに。こっちも盛り上がりました。
翌日、案の定、筋肉痛になりました。ダメですねー・・・。
ともあれ、良い一日でした。ご参加の皆様、お疲れ様でした。



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