ボランティア「響」ブログ

2016年10月29日 3時15分00秒 (Sat)

厚生労働大臣に署名提出

厚生労働大臣に署名提出画像  10月27日(木)、「小児脳幹部グリオーマの会」は塩崎厚生労働大臣と面会し、小児脳幹部グリオーマの治療環境改善のための要望書を提出しました。
 当会会員でもあり、また、自らもがん撲滅を目指す活動団体「トルコキキョウの会」を主宰する高木伸幸さんが、お嬢さんを亡くしたことをきっかけに、三年前に始めた署名活動。折りに触れて当会サイトでもその状況をお伝えしてきましたが、ついにその活動もクライマックスを迎えました。塩崎厚生労働大臣に面会の上、約2万2千名の署名と要望書を添えての直接陳情が実現したのです。これは、前回のブログでもご報告しましたが、菅原洋一さんのコンサートにおいて提出させていただいた、羽生田俊参議院議員(厚生労働委員会委員長、元医師会副会長)のご尽力によるもので、そのご協力のもと、厚生労働大臣に自らの手であらためて直接大臣に手渡すという機会を得たものです。
 羽生田議員、署名にご協力いただいた方々はもとより、この面会実現のために奔走、ご助力いただいたすべての皆様に感謝致します。
「小児脳幹部グリオーマ」という史上最悪の小児がん。その患者家族の声が、戦後の医療行政が始まって以来はじめて国の最高機関のトップに届けられたという事実は、まさに、歴史的な日となったと言ってもよいと思います。それにしても・・今回、高木さんからこの署名活動の構想をお聞きしたときは、これほどまでの結末は全く予想していませんでした。しかし、お嬢さんを失った高木さんの父親としての執念、その思いが周りの多くの人々の心を動かし、大きな渦となっていき、不可能と思われた事が次々に実現していく様は間近で拝見していて、まさに「奇跡」でした。これは、もしかしたら、天国のお嬢さんをはじめ、この病気で・・いや、すべての小児がんで旅立った天使たちの「意志」がそうさせたのかもしれません。いえ、きっとそうなのでしょう。

 我が国の小児のがん医療行政は成人のそれと比べて弱く、なかなか国民一般にも省みられて来ませんでした。もちろん、そのような状況の中でも、これまで多くの強い志を持った先輩の皆さんが様々な活動を通して、ひとつひとつその状況を切り開いていったという足跡は素晴らしく尊いものとして記憶しなければなりません。私たちが当たり前のように享受している小児慢性特定疾病患制度など、当事者の方々の気の遠くなるような努力で実現したものなのです。

 小児脳腫瘍は、白血病なとど比べて世間一般にはまだまだ認知度は低い病気です。しかし、もちろん、現状を変えて行こうという活動はこれまでも連綿と多くの方々によって様々に行なわれて来ましたし、昨今、徐々に状況が動き出しつつあります。
 それらの動きと比べ、今回の要望内容は、私たち小児脳幹部グリオーマ患者家族が闘病中に感じた思いが下敷きとなっているため、特に治療研究の推進と、在宅を含めた終末期医療のあり方についてが中心課題となっています。現在、もうひとつの大きな問題としてある「晩期合併症」については明確には盛り込まれていません。その是非はあるかと思います。しかし、おそらく、今回の活動がここまで広がりを見せたのは、「不治の病」という側面があったからだということは否定できません。その点を強く押し出し、いわば、一点突破したと言ってもいいと思います。
 私たちはまず、何よりもこの病気のインパクトを通じ、がん医療行政の側に、そして広く国民に小児脳腫瘍という疾患の認知を広げたいと考えます。そして、治療研究の推進という点では、もちろん、晩期障害が起きない治療法の開発も期待したいですし、さらに「治療法がない、小児脳幹部グリオーマ、この病気の研究が進み、治る日がくると言うことは、ガン全体の撲滅にも繋がる可能性があること・・」この高木さんの言葉に希望を持ちたいです。そして、なによりこれをきっかけとして、晩期障害、それに伴う就労問題等々も含め、今、患者・家族に現実に起きている医療的・社会的な様々な問題点の解決に関して、多くの人々が真剣に目を向け耳を傾け、取り組んでもらえる様な方向を目指していけたらと考えています。今回の動きがそうした議論の突破口となればと思います。

・・・そう・・先ほど、クライマックスと書きましたが、これは実はスタートラインに立ったに過ぎません。

 今回の発起人の高木さんもそれは明確に意識しています。闘いの本番はこれからです。

2016年9月17日 22時27分54秒 (Sat)

菅原洋一さんコンサート

菅原洋一さんコンサート画像 9月11日、歌手、菅原洋一さんのご協力を得て、チャリティーコンサート「愛する子ども達のために」を開催しました。
この催しはNPO法人 スマイルオブキッズが主催するもので、当会も協力という形で参加させていただきました。
収益金は病気の子ども達への様々な支援のために使われる予定です。
このサイトでも何度かお知らせしていますが、菅原洋一さんは、一昨年、最愛の高校生の御孫さんを小児脳幹部グリオーマで亡くされました。そのご経験から、病気と闘う子ども達のために歌うというこのチャリティーコンサートの企画に、進んで賛同してくださり、今回のコンサートが実現しました。
一方、当会会員であり、自ら小児がん撲滅を目的とする団体「トルコキキョウの会」を主催する掲示板ハンドルネームのぶちんさんこと高木伸幸さんが、お子さんを亡くされた経験をもとに始められた署名運動。当会掲示板でもお知らせし、ご賛同を募って来ましたが、昨年2万筆が集まりました。それをもとに、国の行政ならびに国会議員への陳情活動を当会としても協力させていただき、行なってきましたが、ついに、その署名を参議院議員 羽生田俊先生に手渡すというセレモニーもコンサートの冒頭に行なうことができました。羽生田先生は、元日本医師会の副会長であり、陳情時にも我々の話を熱心に聞いてくださり、活動への協力を進めていただいている方です。
ここに至るまでの高木さんの熱意と執念、その行動力は本当にすごいものでした。これで終わりではなく、闘いはまだまだ続くのですが、一人の「思い」が様々な人々に伝播していき、大きな力となることを目の当たりにさせていただき、あらためて本当に人間の力って偉大で無限大なんだなと思います。

菅原さんのコンサートは、本当に素晴らしいものでした。80歳という年齢を感じさせない歌声でした。「知りたくないの」や「今日でお別れ」などのヒット曲とともに往年のムード歌謡、ゴットファーザー愛のテーマなどの映画音楽などもおりまぜ、一瞬たりとも退屈させない歌謡音楽エンターテイメントなステージ。また、ピアノ、ペース、アコーディオンというシンプルなバンド演奏が紡ぐ繊細なグルーヴと味わいがこれまた素晴らしい。お孫さんへの思いを込めた「千の風になって」は、数々のシンガーがカバーする中ではベストとも言える歌唱。「花は咲く」の慈愛溢れた歌声に涙し、アンコールのラスト曲、「マイ・ウェイ」はまだまだ自分は歌い続ける・・孫の分まで生き続けるという決意表明ともとれ、どこまでもその芸術の高みに挑み続ける姿には本当に感動させていただきました。重ね重ね素晴らしいコンサートをありがとうございました。

そして、この素晴らしいコンサートを実現された関係者の皆様、本当にお疲れ様でした。
また、何よりもご来場いただいた多くの皆様に心より感謝致します。



2015年11月29日 23時50分02秒 (Sun)

グリーフケア講演会「死から学ぶ1」に行きました。

グリーフケア講演会「死から学ぶ1」に行きました。画像 The Egg Three House 主催 講演会「死から学ぶ1」に参加させていただきました。
大まかにレポートします。

基調講演 奥野滋子氏
湘南中央病院在宅診療部長。教育と臨床の両面で緩和ケアの促進に取り組んでいる経験から様々な臨床事例をお話し下さいました。
昨今「死」に関する関心は高くなっているが、それだけ逆に「死」を実感できない時代であるという認識が前提としてあるのではないかというお話からはじまり、実際の臨床事例をご紹介くださいました。

・事例1 80代の女性。
家族親戚関係は良好、
病気のための激痛で身体が動かなくなる。
きっちりとした性格。いつ行ってもきれいな身だしなみをしている。
なので、いままでできていたことができなくなっていく悔しさ・・・。
三味線のお師匠さんをされていた。
もう一度三味線を持ちたいという希望。
緩和ケアによって痛みを和らげ三味線を持てるまでになった。
目一杯生きたので死に後悔はない。
死ぬ時は自分は方向音痴なので、西の空が真っ赤に染まる夕刻に死にたい。浄土は西にある。
実際、その時刻に他界。
遺族の希望でご遺体の写真を披露。おだやかな顔。
家族曰く素敵な死顔。
この方から学んだのは、末期は痛みをできるだけ緩和することが必要。この処置によって最後に三味線の師匠に戻れた。
多くの人の最後の望みは「いつもの生活にもどる」ことである。
「なんでもない幸せ」は普段なかなか実感できないが、死を身近にすることて普段の生活の尊さを気付く。

・事例2 子どもも死を語りたい。
・脳腫瘍の7歳の男児。
母一人、子ー人の家庭、
手術前日病室を訪れると、母親から明日の手術を延期するかもという話。
先生のお話は、手術なくしては、半年も生きられないが、手術によって意識不明になってしまうリスクも告げられる。
母親の苦悩。子どもにしっかり話をしていない。やはりすべきだろうと・・・。
手術は延期され、母は子に事実を話す。
そこで語られた幼い子どもの驚くべき言葉・・・
「それじゃ、僕は家に帰るよ・・・お母さん、病気になったのが僕で良かったよ。お母さんにはこの病気は耐えられない。僕は大丈夫だから・・・僕で良かったんだ・・・」
自分が病気なのにちゃんと母親へのおもいやりを見せたのです。
・小児病棟に入っていくと、あの子は亡くなったとか、親が悲しい顔をしていたとか、そういうことをよく子どもたち同志で話していることが多い。
やはり、子どもだからとか、分からないからとか、そういったことではなく、子ども自身も知りたがっているし、話したがっているということ。そのことを受け止めて、子どもを除外せず仲間としてきっちり向き合い「死の現場」に入れていくことが必要。

・事例3 大腸がんの女性、既婚、子どもなし、ペットの犬がいる。
病気なんかに負けない。がんとつき合っていく。親より先に死にたくない。生きたい。
自分のことは自分で決めたい。他人に相談してうまくいかないと、その責任はその人になる
そんなことはさせたくない。
・夜眠りたくない。目がさめなくなる恐怖。
こういう患者さんは多い。無理せず夜眠らなくてもいい。不用意な眠剤使用は問題である。
・自分の最期の希望を母だけに話していた。
母親が料理を作る音を隣で聴きながら死にたい・・・。
家に帰り、希望通りの死を迎えた。
・本人が死を必ずしも受け入れなければならないことはない。
受け入れることが良くて、受け入れられないのが悪ではない。様々である。

・お迎え現象
・亡くなる間際に本人があたかもそこに誰かいるがごとく、話しかけたり、やさしい表情が変わることがある。そういう現象がある。
・60歳の卵巣がんの女性。お迎えは小4の時死別したお母さん。だけど、こちらを向いてくれない。
ある日、穏やかな顔で医療スタッフを迎える。やっとお母さんがこちらを向いてくれた。これでやっと安心していけます。いや、まだまだそんなことは・・・と私たちが言っていると、翌日、容態が急変して亡くなった。
・80代男性、旧制高校時代サッカー部。
末期に、仲間が来ているとつぶやき、どうやらサッカー部の仲間らしい。
家族は、死後、スーツ姿からサッカーのユニフォームに着替えさて旅立たせた。
・こういったお迎え現象が4割を越えているいうことが研究によって分かっている。
誰が来るのかというと、亡くなった近しい人が多い。
これは、生者と死者の共同作業で生まれてくる。時空を越えたお互いの関係性の確認作業だと思う。
存在価値、来世、魂の苦しみ、痛みのケア・・・スピリチュアルケアにとっても役立っている現象かもしれない。

・亡くなった方の遺書
「人生様々なことがある。がんもその一つである。不幸だったが、これによっていろいろ学ばせていただいた。たくさんの愛情をいただき、感謝ということを学んだ。感謝とともに幕を引かせていただいたことを御報告致します。」

・マーガレットニューマンの看護理論のことば
「心の解放は、傷つきやすくなり苦悩を伴うが、苦悩は私たちを前進させてくれる。苦悩を避けることは、より高いレペルへの意識への動きを妨げる。苦悩は私たちに特定の状況への超越の機会を与えてくれる。私たちをおとしめるのは、死や病気ではない。真におとしめる行為は、そういった経験に近づかないことだ。苦悩を避けることで自分の身を守ることは、経験によるより高い次元への拡張の機会を失うことだ・・・必要なことは心を解き放ち、様々な経験、苦悩を認め合うことだ・・」

以上、様々な事例から「死」を巡っての本人や家族の思いを感じられたお話でした。

この奥野氏の講演後、3名の講師の方の10分間のショート講演がありました。
・看護師でがん相談センターの相談員 渡辺美奈氏は、出身地の北海道の雄大な自然の命の営みに思いを馳せながら、末期の患者との自らの交流の経験を話されました。
・子どもたちの心のケアをされているNPOの副理事長 大熊雅士氏は、東日本大震災で被災した子どもたちの心のケアのお話・・・なかなか現地でグリーフケアと言う言葉が理解されなかったというお話。それから、今学校現場で自殺する生徒が増えているというショッキングな報告のあと、子どもたちが「死」を自分の中で受け止めきれない現実があり、学校単位での心のケアの必要性と、実際に行なった全校生徒による「お別れ会」のアイデアを話されました。
・「人のこころに寄り添う葬儀社」を広める活動をされている葬儀社社長の是枝嗣人氏は、これまでの葬儀の経験から、お葬式には様々なグリーフの機会があることをお話くださいました。また、グリーフは単に死別だけではなく、様々な場面でのグリーフがあり得る。そういうところに心を向けた社会のあり方の必要性を話されました。

その後のパネルディスカッションでは、「グリーフ」とは何か?という問題を巡って討論があり、
「人の悲しみはそもそも分からないものである」
「寄り添うことである」
「千の風」の歌のようなもの・・・
などの意見が出されました。
外来語としてのグリーフケアという概念が日本で理解されるのは難しい。
そもそもグリーフとは・・・それが何なのか見つけていくのがこの講演会のテーマであると締めくくられました。

今回、様々な角度から様々なグリーフケアに関してのお話をお聴きすることができ、とても知見が広がった思いです。
他者の人生における決定的な経験を理解してそれに対する支援を行なっていく・・・というのは本当に困難で難しい作業であり、ほとんど不可能と思ってしまいます。
しかし、そういった「悲しみ」というものに対し、専門家の皆様の多様な角度からの試行錯誤の努力が、今まさに始まっているのだなと思いました。

当会としても、そういった仕事と誠実に向き合う、西尾先生とThe Egg Three Houseのスタッフの皆様の活動を今後も応援していきたいと思います。

2015年11月15日 0時48分03秒 (Sun)

国会議員への直接陳情を行いました。

 

衆参国会議員に陳情活動をしました。

 

 当会では、トルコキキョウの会とともに、署名プロジェクトチームを結成し、小児脳幹部グリオーマの治療研究の推進と、療養環境の改善を国に要望していく活動を行なっています。前回の厚労省への要望書提出に続き第二弾として、関係する衆参国会議員への陳情活動を行いました。
当日、参加スタッフは11名。女性(ママ)6名、男性(パパ)5名の布陣で挑みました。

約50名の自民・公明の厚労行政に関係する与党議員を個別に訪ね、資料の配布とともに、この疾患の概要と要望点の説明をさせていただきました。
 

 患者会がこういった陳情活動を行なうのは珍しいことではないと聞きますが、多忙な議員と面会できる機会を得るのは、なかなか簡単ではありません。多くの場合、秘書の方が対応してくださいます。

 しかし今回は、協力してくださった会員の尽力で、元医師会副会長である医師で厚労委員を務める羽生田俊議員と厚労部会長で同じく医師でもある古川俊治議員という厚労政策に関して有力な議員のお二人と面会が叶い、我々の要望を直接お伝えすることができました。

 お二人とも医師でもある方なので、我々患者会の人間だけでは、答えに窮する専門的な質問も予想されました。今回は、国立成育医療研究センターの医師で当会にも発足当初からご協力いただいている寺島慶太先生にもご同行いただくことができたおかげで、お二人の議員の事細かな専門的な質問にも的確な返答をすることができたと思います。また、地方行政の立場からご協力いただいている神奈川県相模原市の市議会議員、宮崎雄一郎氏にもご同行いただき、各公的支援制度の運用面の改善に関し国と地方の連携についての意見を交換できました。

 手前味噌な印象ですが、これだけ充実したスタッフが揃った患者会の陳情は稀だったと思います。特に羽生田議員は、大きな関心を示してくださり、治療研究の国内・国外の状況、小慢制度の申請に関する問題点、また、障害者認定の迅速化についての理解を示していただきました。当初30分程度の予定が約1時間の面談となり、各要望点に関しても前向きなお言葉をいただきました。

 これまでがんの諸問題に取り組んで来られた古川議員とはご多忙の中、時間は20分ほどの面会でしたが、さすがにグリオーマが難病であるということをご理解いただいており、我々の要望点が他のがんでも共通した問題を多く含むことから、それらと合わせご検討いただけるとのお言葉をいただきました。

 また、ご多忙の中、瀬戸隆一議員にもお話を聞いていただくことができました。
ご自身のブログにも掲載いただき、あたたかいお言葉をいただきました。
http://ameblo.jp/setojapan/entry-12094801350.html

 

 この面会と並行して、チーム響の署名プロジェクトチームのメンバーが、議員会館の各議員の部屋を一人一人を訪ね、資料の配布と説明活動を行ないました。

これは、主にママチームに行なっていただきました。約50人もの議員を訪ね歩くのは大変だったと思います。秘書による、いわゆる通り一遍の対応ももちろんありましたが、一方で熱心にこの病気の現状に関して耳を傾けていただけた方も何人もいらっしゃったということです。今後、特に興味を示していただけた議員に対し、何らかのアクションも行っていきたいです。

 

 前回の厚労省への請願に続いての国への要望活動でしたが、こういった地道な行動を通して、少しずつですが、よい種が撒けたらと思っています。その種がいつか大きな花を咲かせる日が来ることを願い、今後も引き続き、色々な角度から、色々な方々に、この病気の克服へ向けてのメッセージを送り続けたいと思っています。

img_20151115-005031.jpg
羽生田議員(中央)

img_20151115-005331.jpg
古川議員(中央)

img_20151115-005411.jpg
議員会館前でポーズ!!
 


2015年10月4日 11時39分51秒 (Sun)

厚労省へ要望書を提出しました。

102日(金)、厚生労働省に赴き、小児脳幹部グリオーマを含む
小児難治性脳腫瘍に関する要望書を提出致しました。

img_20151004-114103.jpg
 
具体的要望内容はこちらをご覧ください。
要望は多岐に渡っており、同じ厚労省でも、それぞれ要望を申し入れる担当課が違います。
今回、面会が叶ったのは、健康局難病対策課とがん・疾病対策課です。
 
難病対策課には、主に小児慢性特定疾病患制度についてお話しさせていただきました。
私たちは主張の主眼を「余命宣告を受けた小児がん患者とその家族を考慮した支援制度の確立」という一点に絞りこみました。
小慢制度に関しては、特に申請時に対する不満が多く寄せられており、その点を中心にお聞きしました。
 
Q1、制度の申請時、家族が精神的ショックの中、少しでも子どもと離れたくないのにいろいろな書類を集め、遠い役所まで行く煩雑さ。ネット申請などできないのか。
A1、基本的に申請によって受けられる制度なので、簡略化は難しい。ネットやマイナンバーの活用はセキュリティーの面から現時点では困難。
 
Q2、制度自体の周知の不徹底さ。
A2、国から周知徹底しろと各自治体に押し付けるような言い方はしていない。それぞれ財政事情等もある。ホームページもあるが、あまり見られていないのは承知している。何か工夫できればしていきたい。
 
Q3、病院・役所担当窓口の知識の無さが問題。啓蒙のための講習会などしていないのか。
A3、していない。制度の改正の折りには書面でそれを伝達しているのみ。
 
Q4、経済的に厳しい家庭もある。これら周知徹底の不足等、様々な理由による申請の遅れがあっても遡及措置がない。その対応も自治体によってまちまちになっている。
A4、基本的に遡及はできない法律となっている。ただ、各自治体の裁量で、少々日付をずらして書いても我々は知る由もないので、それはそれで通っているということもあり得る。
 
以上のやりとりで分かったのは、小慢制度が国と地方がお金を半分ずつ出し合って成立している制度なので、
国としても財政事情等の理由から、自治体に対し、制度の周知に関して必ずしも強く主張できないという事情です。遡及措置、その他の対応の点で手厚かったり冷たかったりなど自治体によって差が生じるのは、そういった事情が絡んでいるということです。もちろん、もともと単純に制度自体をよく理解していない窓口職員もいることでしょう。その点の教育はぜひしっかりやってもらいたいと思います。
 
「税金使う以上、他の疾患との平等性を考えると(特別視はできない)」という台詞を何度も言われましたが、では、居住地によって様々な差が生じるのは不平等ではないのかという疑問も感じました。
 
次のがん・疾病対策課でのやりとり
この課では治療研究の推進を訴えました。
私の方から、この病気の説明、いかに史上最悪の小児がんであるかを主張させていただきました。
 
Q1、一刻も早く、この病気の治療研究に着手してほしい。
A1、難病はたくさんあり、この病気だけを特別扱いはできない。また、はっきり言って、小児固形腫瘍の分野は遅れていて、そもそも研究の基本的体制がない。
 
Q2、有効な薬が海外で出た場合のドラッグラグの問題
A2 、ドラッグラグはだいぶ期間的に短くはなっているはず。基本的に、海外の薬を安全性その他の確認なく認可はできない。
 
Q3、海外との治療研究の連携
A3、逆に海外での治験に参加されたら? の質問に、欧米では臨床試験や研究はされているが、まだ有効な治療がない以上、行ってもQOLを損なうだけの結果となる可能性が高いと私が回答。
 
Q5、血液腫瘍(白血病)と固形腫瘍の治癒率の差はこれでいいとお考えか。
A5 、白血病に対して脳腫瘍等固形腫瘍の研究の遅れは、各医療研究者の結束力と情熱の差が出ている部分もある。でも、ご指摘の通りなので、不平等感を何とかできないかと思うが、やはり、医師・研究者が前に出てきてぐいぐい引っ張ってもらうことが必要。我々の方から、あなたこれ研究しなさいとは言えないのです。
AMEDは研究内容を募集して審査し、通ったものに資金をつける仕組みであり、なんだかんだ言っても最期にはやはり研究者の情熱が問われる。
 
Q6、JCCG(日本小児がん研究グループ)に資金を。
A6、まずJCCGにもそういう受け皿、研究体制を作ってもらえばやり易いかも。
 
Q7、小児がん拠点病院の役割について。名古屋医大など患者が集約されている大学病院への研究支援があればインフラもあるし、研究が進むのではないか。
A7、そうかもしれない。はっきり言って拠点病院には血液腫瘍の専門家が多い。固形腫瘍に関しては、これから体制作りをしていくところというのが現状。
 
Q8、民間での研究資金集めはどうか。
A8、そういう動きは歓迎する。
 
Q9、国民的な話題になると役所は動き易いか。
A9、確かに最近芸能人のがんに関する話題が多い。がん検診とかそういう面では話題になるとやり易くなるかも。でも、この病気は国民的話題というには人数が少なすぎるのでは。
 
この課の担当は医師でもある方だったので、我々の主張に難しいながらも理解を示してはいただけたような気がします。以上のようなやりとりには今後の治療研究体制確立へのヒントがあったような気がしてます。
 
今、思いますと、もっと突っ込んだ主張をしても良かったかとも考えます。
また、感想として、小慢制度の周知徹底等の対応に関しては、むしろソーシャルワーカーの団体に要望するとか、治療研究に関しては、先頃発足したJCCG(日本小児がん研究グループ)に一度行って直談判してくる必要などがあるかもという意見が出されました。それに関しても検討の上、会としても動きたいと考えています。
そして、私たち患者会側も治療研究の応援ができるようなきっちりした体制作りが求められていると思います。
 
この小児がんの中でも最も過酷な小児脳幹部グリオーマ患者に関する要望を初めて行政当局に主張できたことは、ほんの小さな一歩ではありますが、その意義は決して小さくないと思っています。
ここからやっと、私たちの闘いもスタートするのです。
(boro)
 

 



ボランティア「響」ブログ

1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30

カフェ響通信

1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30

カテゴリー

QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数